北センチネル島で殺害された男が殺される前に綴った「覚悟のメッセージ」

 文明を拒絶し自給自足の暮らしを送る孤絶した部族にキリスト教の教えを導入しようと試みたアメリカ人宣教師が敢え無く部族民によって殺害された――。彼の試みは無謀であったのか? 日記に書き残した最後のメッセージは彼の覚悟が記されていた。

■北センチネル島で殺害された宣教師

 キリスト教における“宣教”とは、神・イエスの教えを地球上のすべての人に伝えることである。

 16世紀に日本にやって来た宣教師、フランシスコ・ザビエルのような一部の宣教師たちの使命感と行動力は驚異的とすらいえるほどである。

 地球上で最も孤立した部族といわれる人々が、インドの南東、ベンガル湾に連なるアンダマン・ニコバル諸島の1つである北センチネル島に暮らしている。

 便宜上、センチネル族と呼ばれる彼らは外部との接触を激しく拒んでおり、ボートで近づいてきた部外者を見つけた際には弓矢の雨あられをお見舞いして接近を阻止し追い払うのだ。

 この危険なセンチネル族にこともあろうにキリスト教の教えを伝えようと考え、実行に移したのが若きアメリカ人宣教師、ジョン・アレン・チャウである。

「Daily Star」の記事より

 2018年11月15日にチャウは北センチネル島への最初の上陸を試みた。

 地元の漁師が漕ぐボートの上で彼は島の海岸に向かって防水加工された聖書を高く掲げたのだが、岸から矢が飛んできて聖書を貫通したという。複数の部族民がこちらに向けて弓を構えているのを確認したためそれ以上近づくことはできず撤退を余儀なくされた。

 しかしこれで諦めることはなかった。再びボートで島に近づきながらチャウは事前に習得していたセンチネル族の言葉のいくつかを甲高い声で叫びながらジェスチャーを交えて進んでいくと攻撃はなかった。上陸できるところまで来たのだが、すんでのところで1本の矢が飛んできてこの時も結果的に上陸は見送られた。

 11月17日、3度目の上陸を試みた彼は浅瀬までくるとボートの漁師たちにすぐに離れるように言い、1人で島に上陸しようとしたのだった。そしてこれが生前のチャウの最後の姿となった。

 チャウが殺された現場を目撃した者は誰もいなかったが、ある漁師はチャウに似た人物の遺体が海岸で部族の者に引き摺られ、その後埋められたのを見たと証言している。

 海岸に埋められたという遺体の回収が当局によって試みられたのだが、やはり部族民の激しい攻撃に遭い作業は中断されたままである。

「Daily Star」の記事より

■日記に記された最後のメッセージ

 彼は無駄死にをしたのか?

 最後の“上陸作戦”の際、チャウは漁師たちに自分の日記を手渡していた。これから自分の身に起こることを予期し、愛する家族と後世に向けて最後のメッセージを遺したということになるのだろうか。そして日記の最後には何が記されていたのか。彼の最後の言葉は次の通りだ。

島にイエスの王国を確立するための行いをしています。私が殺されても原住民のせいにしないでください

 明らかに自分の死を予期していたことになる。

皆さんは、私がこのすべてにおいて気が狂っていると思うかもしれませんが、私はこれらの人々にイエスを教える価値があると思います。私が殺されても、彼らや神に対して怒らないでください。…(中略)…これは無意味なことではありません

 自分は決して無駄死にをするわけではないと説明していることになる。そしてやはり死を覚悟していたことにもなる。

「Daily Star」の記事より

 そして彼の訴えは功を奏した。当時の声明でチャウの家族は次のように述べている。

「彼は神を愛し、命を愛し、困っている人々を助け、センチネルの人々への愛だけを持っていました。私たちは彼の死に責任があるとされる人々を許します。また、アンダマン諸島にいた彼の友人たちの釈放も求めます」

 アンダマン諸島の先住民族の暮らしぶりを体験取材した著書『The Land of Naked People』の著者であるマダスリー・ムケルジー氏は「彼は自分が殺される可能性が非常に高いことを知っていました」と「National Geographic」にコメントしている。

「彼はキリスト教の殉教者になりたかったし、実際にそうなっている。おそらく彼は気づいていなかったでしょうが、この出来事が一連の展開を引き起こし、部族に実際に害を及ぼすことになるということです」(ムケルジー氏)

 孤絶したコミニュティを長く保ってきた部族に文明の手が差し伸べられると、往々にして堕落して伝統が失われコミニュティが崩壊したり、免疫を持たない感染症が蔓延して事実上の絶滅を招いたりするケースがこれまでにも起きている。したがって専門家の間ではそうした部族に強引に接触すべきではないというおおよそのコンセンサスが得られているようだ。

 ではこのチャウの試みをどう受け止めればよいのか。もしも“宣教”が部族の壊滅に繋がるとすれば評価は微妙なものにもなる。若くして命を落とした“殉教者”の行為についての議論はまだまだ続きそうだ。

参考:「Daily Star」、「National Geographic」ほか

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文=仲田しんじ

場末の酒場の片隅を好む都会の孤独な思索者でフリーライター。
興味本位で考察と執筆の範囲を拡大中。
ツイッター @nakata66shinji

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