ヒトラーは「世界は氷でできている」と信じた?「宇宙氷説」理論の魅力、月は1つではない…?

 ナチスが地球空洞説を信じて、その入り口を探しにチベットへ毎年軍隊を派遣していたことはよく知られている。だが、ヒトラーが確信していた驚愕の宇宙論はそれだけではないのだ。

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■宇宙氷説

 海外メディア「Big Think」によると、ヒトラーとナチスの高官は、「宇宙氷説」なるものを信じていたという。これは、オーストリアの技術者ハンス・ヘルビガーが1912年に提唱したもので、太陽系の起源を巨大な高温の天体に氷でできた別の天体が衝突したことに求める理論だ。一見したところトンデモ説だが、ドイツのアマチュア天文学者フィリップ・ファウトも月の表面が氷に覆われているという説にたどり着き、ハインリヒ・ヒムラーをはじめとしたナチスの高官に好意的に受け入れられたことで、ナチスの準公式学説に昇格していった。一体なぜそんなことになってしまったのか?

 そもそも、ヘルビガーの宇宙氷説は物的証拠に裏付けられた学説ではなかった。1894年のある日、ヘルビガーが月を観測していたところ、突然、「月は氷からできている」という”ヴィジョン”が天啓のように頭に浮かんだというのだ。月の明るさや丸い形は氷でできているとしか考えられないとヘルビガーは確信したという。

「私はニュートンが間違っていること、太陽の引力は海王星の3倍の距離では無効になることを知っていました」(ヘルビガー)

 先述した通り、宇宙氷説は太陽系の誕生を巨大な氷の天体の衝突に求めるものだ。衝突によって小さい氷の天体が大量に生まれ、天の川銀河自体もこの時に発生したとされる。さらに、地球の月は今ある月が最初ではなく、氷でできた複数の月がかつて存在したが、地球との衝突で消滅したのだという。ヘルビガーの信奉者らは、後にこのアイデアを聖書に描かれた大洪水や伝説のアトランティス大陸沈没の原因と考えるようになる。

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■宇宙氷説がナチスに受け入れられた理由

 当然のことながら、同説に対し方々から批判の声が挙がったが、ヘルビガーは「計算は人を誤らせる」として聞く耳を持たなかった。彼への反論は全て、反動的天文学者の流布する”フェイクニュース”だとされたのだ。1957年にマーティン・ガードナーが出版した『Fads and Fallacies in the Name of Science(科学の名を騙ったばか騒ぎと誤謬)』では、ヘルビガーが、反対者の1人であったロケット工学者のウィリー・レイに対して「私の言うことを信じて学ぶか、私の敵になるかどちらかだ」と語ったと書かれている。

 最初は見向きもされなかった宇宙氷説だが、ヘルビガーのプロモーションが功を奏し、第一次大戦後から徐々にメディアへの露出が増えていった。そして、イギリス人の政治評論家でナチスの理論家だったヒューストン・スチュアート・チェンバレンに支持されたことで広く名声を得るようになる。

 ヘルビガーは1931年に亡くなるが、信奉者らは宇宙氷説をナチスのプロパガンダにより適するよう修正し、ユダヤ人の物理学、特にアインシュタインの相対性理論に対する”アンチテーゼ”に仕立てあげた。「我々の祖先である北方アーリア人は氷と雪の中で力強く生きてきた。そのため、宇宙氷説は北方アーリア人が受け入れるべき自然なアイデアである」という、やや強引な理由付けまでして。

 そんなわけで、反ユダヤ的・親アーリア的な色付けを加えられた宇宙氷説はナチス内で高い地位を獲得し、ハインリヒ・ヒムラーやヒトラーも宇宙氷説の熱烈な信奉者になっていった。オーストリアの都市リンツにヘルビガーの理論だけに準じたプラネタリウムを建設する計画まであったそうだ。ヒトラーはいつか宇宙氷説がキリスト教に取って代わると信じていたという。

■宇宙氷説は歴史のゴミか?

 しかし、ナチスだけに支えられていた宇宙氷説は第二次大戦後、急速に支持者を失っていった。このことを「Big Think」は、「個人的な信念は科学ではない。自分より優秀な反対者を嫌うがために、すべての哲学を自分で作りあげても、結局のところ歴史のゴミ箱に捨てられるだけだ」と、まとめている。

 しかし、本当にそうだろうか? 歴史的な敗者を過小に評価することは、勝者の陥りがちな過ちだ。オランダ・アムステルダム大学のエリック・ヴァーリンデ教授のように、「アインシュタインの重力理解は完全に間違っている」と考える物理学者もいるように、科学者集団に受け入れられた理論は何がなんでも正しいというわけではない。確かに宇宙氷説はエキセントリックな理論だが、当時圧倒的な科学力を誇っていたナチスが受け入れた理論であることを忘れてはならないだろう。

参考:「Big Think」、ほか

 

※当記事は2018年の記事を再編集して掲載しています。

TOCANA編集部

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