アメリカ史上最悪の労働災害「ホークス・ネストトンネル災害」― 700人以上が死亡、歴史から消された“静かなる虐殺”

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 1930年、大恐慌の嵐が吹き荒れるアメリカ。一縷の望みを求め、ウェストバージニア州の小さな町ゴーリーブリッジに、全米から数千人の男たちが集まってきた。彼らが求めたのは、ただ真面目に働き、家族を養うための一つの仕事。しかし、そこで彼らを待っていたのは、目に見えない静かなる殺人鬼と、企業の利益のために人間の命を塵芥のように扱う、冷酷な現実だった。

 これは、700人以上もの労働者が犠牲となりながら、そのほとんどが歴史の闇に葬られた、アメリカ史上最悪の労働災害「ホークス・ネストトンネル災害」の、血塗られた記録である。

“宝の山”に潜んでいた、致死性の粉塵

 巨大化学企業ユニオン・カーバイド社が計画したのは、水力発電用の巨大なトンネルを山に掘削するという、当時としては画期的なプロジェクトだった。しかし、この計画には、もう一つの“裏の目的”があった。トンネルが掘られる山の岩盤は、極めて高純度のシリカ(二酸化ケイ素)でできていたのだ。シリカは、同社が新たに建設する冶金工場で必要不可欠な原料だった。つまり、このトンネル工事は、電力と原料を同時に手に入れるための一石二鳥の計画だったのである。

 しかし、この“宝の山”には、致命的な罠が潜んでいた。シリカの岩盤を掘削する際に発生する微細な粉塵は、人間の肺に吸い込まれると、ガラスの破片のように肺組織を切り刻み、やがて呼吸困難に陥って死に至る、不治の病「珪肺(けいはい)」を引き起こすのだ。

 ユニオン・カーバイド社の経営陣や技術者たちは、工事が始まる前から、この危険性を完全に認識していた。珪肺のリスクや、換気と湿潤による予防策は、当時すでに広く知られていた常識だったからだ。

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画像は「Popular Mechanics」より

“歩く骸骨の村”―意図的に無視された安全対策

 しかし、現場で起きていたことは、常識を遥かに逸脱していた。

 コスト削減と工期短縮を最優先した下請け業者は、粉塵の飛散を防ぐための散水装置を、幹部が視察に来る時以外は一切使用しなかった。労働者たちにマスクや呼吸器が支給されることもなかった。一方で、トンネルを視察に訪れる会社の幹部や技術者たちは、全員が呼吸器を装着していたという。

 トンネルから出てきた労働者たちは、全身が真っ白な粉塵に覆われ、「顔の色や服の色さえ見分けがつかなかった」と、後の裁判で証言されている。ゴーリーブリッジの町は、いつしか「歩く骸骨の村」と呼ばれるようになっていた。

 労働者の大半は、南部の貧しい地域から来た黒人の出稼ぎ労働者だった。彼らは白人労働者とは明確に差別され、電気もない劣悪な小屋に押し込められた。そして、監督たちはピッケルの柄や棍棒で彼らを殴りつけ、粉塵が舞う危険なトンネルの中へと強制的に追い立てた。

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消された死者たち―企業の隠蔽工作と、歴史からの抹殺

 トンネルは、予定より早く、わずか2年足らずで完成した。しかし、その“成功”の裏で、労働者たちは次々と倒れていった。ユニオン・カーバイド社は、事態が明るみに出ることを恐れ、地元の葬儀屋と契約し、亡くなった労働者たちの遺体を、人知れず集団墓地に埋葬していった。記録も、墓標も、弔いもなく、彼らはただ“消された”のだ。

 後の調査で、この工事が原因で死亡した労働者は、少なくとも764人にのぼると推定されている。しかし、ユニオン・カーバイド社が公式に認めた死者数は、わずか109人。しかも、そのうち珪肺が原因とされたのは19人だけだった。

 生き残った労働者たちが起こした500件以上の訴訟も、会社の強力な政治力と、労働者側に不利な法律によって、そのほとんどが潰された。わずかな賠償金が支払われたケースでも、その額は人種によって差別され、独身の黒人労働者は最も低い金額しか受け取れなかったという。

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実際の墓地 By Jarek TuszyńskiOwn work, CC BY 4.0, Link

闇に葬られたアメリカの物語

 この事件は、当時一部の議員やジャーナリストによって告発された。黒人労働者ジョージ・ロビンソンは、議会で自らの悲惨な病状を証言し、会社の非道を訴えた。白人技術者のアーサー・ペイトンは、内部告発者として会社の安全軽視の実態を暴露した。しかし、彼らの勇気ある声も、巨大企業の力の前ではかき消され、このアメリカ史上最悪の労働災害は、いつしか人々の記憶から消え去っていった。

 歴史家キャサリン・ヴェナブル・ムーアは言う。「もし、700人の地元住民が死んでいたら、全く違う結果になっていただろう」。犠牲者のほとんどが、記録にも残らない、よそ者の黒人労働者だったこと。それこそが、この事件がこれほどまでに容易く、歴史から抹殺された最大の理由なのだ。

 ホークス・ネストトンネル災害は、単なる過去の悲劇ではない。それは、利益のために人の命がないがしろにされ、弱者が切り捨てられていく、現代社会にも通じる普遍的な物語だ。私たちは、歴史の闇に葬られた764人の声なき声に今こそ耳を傾けなければならないのかもしれない。

参考:Popular Mechanics、ほか

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