死者を乗っ取った女 ―― 2歳で亡くなった少女の名前で“別人の人生”を生きた24年の完全偽装事件の全貌

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 先進国に住む現代人が法的にも完全な別人になり済ますことができるのか――。アメリカの法曹界において最も巧妙かつ衝撃的な身元詐称事件の一つとして今も語り継がれているストーリーがある。

■入念に計画された驚愕の身元詐称事件

 2010年12月24日、テキサス州ロングビューの邸宅の私道に停めた車の中で42歳の女性が拳銃自殺を図った。

 この女性、ロリ・エリカには別居する2歳の娘と離婚したばかりの元夫のブレイク・ラフがいたのだが、自殺を図った場所の邸宅は離婚前に同居していた元夫の両親の屋敷であった。

 葬儀の後、ラフ一家はロリが厳重に守っていた金庫をこじ開けた。その中には、彼らが知っていた現実を根底から覆す次のような一連の文書が収められていたのだ。

●1988年発行のベッキー・スー・ターナー名義の出生証明書
●ベッキー・スー・ターナーからロリ・エリカ・ケネディへの法的氏名変更証書
●新聞記事の切り抜き、謎めいたメモ、捏造された過去の書類

 身元を調べてみると、実際のベッキー・スー・ターナーは、1971年にシアトルで起きた住宅火災によって2歳で亡くなっていたのだ。ロリは2歳で亡くなった子どもの亡霊であったのだろうか。

 文書の分析から実に巧妙な身元詐称戦略が明らかになった。

 1988年、「正体不明の女性」がカリフォルニア州ベーカーズフィールドを訪れ、幼いベッキー・スー・ターナーの出生証明書のコピーを入手することに成功した。当時、出生記録と死亡記録は体系的に照合されておらず、行政上の抜け穴になっていたのだ。

 この証明書を手に、彼女はアイダホ州ボイシへ行き、州の身分証明書を取得した。こうして新たに得た証書を使って彼女は社会保障番号を申請し、過去の人生の痕跡をすべて消し去ったのである。

画像は「YouTube」より

 彼女の計画はまだ終わらなかった。

 1988年7月5日、 彼女はラスベガスの裁判官の前に出廷し、法的に名前を ロリ・エリカ・ケネディに変更した。数日後、彼女は新しい社会保障番号を取得した。こうしてわずか3カ月でまったく新しい人物像を作り上げてなり済ますことに成功したのだ。加えて顔の特徴を変えるための美容整形手術を何度か受けた。

 1990年、ロリ・エリカはダラスに移住した。彼女はモデルとして働きながら、テキサス大学アーリントン校で学び、1997年に経営学の学位を取得して卒業した。当時彼女を知っていた人々は、彼女を孤独な女性で、きわめて質素な私生活を送り、幼少期の記憶に奇妙な空白があり、両親は亡くなっていて家族はいないと話していたと証言している。

 2003年、彼女はブレイク・ラフと出会った。テキサスの伝統的な家柄の出身である彼にとって、ロリは魅惑的な謎めいた存在だった。ラフ一家はロリを不安定で謎めいた人物だと感じ、結婚に難色を示したが、2人は2004年に結婚した。

 この結婚以降、彼女の表面的な平静さに亀裂が生じ始めた。家庭生活のプレッシャー、娘の出産、そしてブレイクの親族の必然的な介入が、彼女の被害妄想を悪化させた。自分の嘘の細部が露見することを常に恐れながらの生活は相当なストレスであったのだろう。夫も彼女の秘密主義に耐えられなくなり、不幸にも離婚に到る。

 ロリの金庫が発見された後、社会保障局(SSA)と私立探偵が彼女の身元を調べたが、FBIの国家行方不明者情報センター(NCIC)や指名手配犯データベースにもなければ、誘拐被害者のリストにも載っておらず捜査は何年も行き詰まった。

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 この謎は法医学系譜学の先駆者であるコリーン・フィッツパトリック氏の功績によって2016年にようやく解明された。フィッツパトリック氏は、ロリの娘に対してDNA検査を行い、フィラデルフィア地域に住む遠い親戚を特定することができた。

 家系図をたどっていくうちにマクリーン家という一族が特定された。その一族の一人が、キンバリー・マクリーンという18歳の娘が1986年に母親との口論の末に失踪したと証言したのだった。

 ロリ・エリカの本名はキンバリー・マクリーンであった。1968年生まれで、ペンシルベニア州の郊外で労働者階級の家庭に育った。失踪前の彼女の人生には、重大な犯罪歴はなく、ただ継父との深刻な不和と、人生をやり直したいという強い願望があっただけだった。

 1986年に家を出る際、彼女は母親に「私を探さないで。二度と戻らないから」と告げた。そして24年間、その言葉を守り続けた。彼女は全米を旅し、身分を二度も変え、顔を変え、キンバリー・マクリーンという存在を永遠に葬り去ったのだ。

 彼女の物語は今日の社会における人間のアイデンティティの脆さを警告する教訓として今もなお語り継がれている。今日、彼女の正体は明らかになったものの、1986年から1988年までの空白の2年間の放浪生活は、今もなお彼女と共に墓の下に埋まったままである。

参考:「Mysterium Incognita」ほか

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文=仲田しんじ

場末の酒場の片隅を好む都会の孤独な思索者でフリーライター。
興味本位で考察と執筆の範囲を拡大中。
ツイッター @nakata66shinji

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