>  > ボブ・ディランの知られていない話【後編】

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ボブ・ディラン

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画像は「Shadows in the Nigh」から

 4日に発売された通算36枚目のアルバム『シャドウズ・イン・ザ・ナイト』がすでに商業的にも成功を収め、6日に行われた「MusiCares Person Of The Year」(音楽家の音楽業界における芸術的功績と慈善活動に対する献身性をたたえて毎年授与する)では、2015年の受賞者として選ばれたボブ・ディラン(73)。

 今回のアルバム収録曲は全てフランク・シナトラのカバーで構成されたが、シナトラといえば“シナトラ一家(別名ラット・パック)”での活躍が語り草だ。60年代、サミー・デイヴィス・ジュニア、ディーン・マーチン、ピーター・ローフォード、ジョーイ・ビショップ、ハンフリー・ボガートなどの歌手や俳優を中心に結成したグループのことで、60年代にマフィアが支配するラスベガスやハリウッドで頻繁にショーを行った。

■あまり知られていない、ボブ・ディランの神エピソード4

1、 というわけで、シナトラ一家に負けず劣らずすごい、ディラン一家を紹介しよう。長男のジェシーは写真家・映画監督、三男のジェイコブはザ・ウォールフラワーズのフロントマン、孫のレヴィはモデル、そして、日本ではあまり有名ではないが、イケメンのラッパーとして活躍する孫のパブロなど、ディランの芸術的な血とセンスは確実に一家に流れている。

2、 余談だが、娘がファンだというビリー・ジョエルのためにディランが書いた曲「メイク・ユー・フィール・マイ・ラブ」は2008年に、アデルのデビューアルバム『19』の中でカバーされ大ヒット。

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