超天才サルヴァドール・ダリの意外と知らない10の秘密・後編!

■【8】これぞダリ婚? その奇想天外な結婚生活!

 1929年8月、25歳の青年ダリは、ついに彼の人生の〈愛〉にめぐりあった。むしろ「ガラ(Gala)」としてよく知られる10歳年長のロシア女性、イレナ・イバノーヴァ・ディアコノーバ(Elena Ivanovna Diakonova/Элена Ивановна Дьяконова/1894─1982)に─。だが、残念ながら、ガラはすでにフランスのシュルレアリスム詩人、ポール・エリュアール(Paul Eluard/1895─1952)の妻だった。

 けれどもダリは落胆することなく、「彼女にはわたしのグラディーヴァになることが─わたしを前進させ、わたしを勝利に導くこと、そしてわたしの妻になることが運命づけられていた」というたくましすぎる言葉を残している。この自信がどこから湧いてくるのだろうかと首をかしげてしまところに、筆者のような凡人の限界があるのかもしれない。

 ここで、グラディーヴァ(歩みゆく女)について簡単にふれておこう。と、1903年にドイツの小説家ヴィルヘルム・イェンゼンが発表した『グラディーヴァ あるポンペイの幻想小説』(Gradiva ―ein pompejanische Phantasiestück)が元ネタだ。実際にバチカン博物館にある、古代ギリシャのレリーフを題材にした作品で、ポンペイで謎の女に出会った若き考古学者ノルベルト・ハーノルトが逡巡の末、彼女が幼馴染のツォーエ・ベルトガングであると気づいて結ばれるという物語。

 1907年に、フロイトが論文「W.イェンゼンの《グラディーヴァ》における妄想と夢」で、これを精神分析の格好のテーマとして取り上げて以来、シュルレアリストたちが俄然注目するようになり、彼らの〈聖典〉の一つとされる幻想的な作品だ。

 これにダリは強い感銘を受けたらしく、1931年から「グラディーヴァ連作」の制作をはじめるほか、複数の作品に「グラディーヴァ」のタイトルを使っている。また当時、妻のガラを「グラディーヴァ」と呼んだことからも、ガラと「グラディーヴァ」とを同一視していたことがわかる。

 話を戻そう。さて、エリュアールの妻であったガラだが、二人は当時シュルレアリスムの画家マックス・エルンスト(Max Ernst/189─1976)を加えた三人で、およそ3年にわたって、今日「オープン婚」とでも呼べるような寛大な性関係を築いていた。ちなみに、これはいわゆる三角関係というよりも、ガラがいわば美のミューズとして複数の男性芸術家たちに同時に愛されたという、彼女の特別な資質を物語るエピソードととらえた方がよさそうだ。

 ダリに付け入る余地などもはや残されていないはずだったが、そこはダリ、それをものともしなかったから、大したものだ。その後、エリュアールとガラが離婚したため(とはいえ、二人の性愛関係はそれからも続いた)ダリと彼女は1934年に結婚し、ガラが1982年に眠りにつくまで生活を共にした

 二人の結婚はカソリックの伝統に反してはいたが(なぜならそこでは離婚が許されない)明らかに幸福なものだった。ガラは、ダリのミューズであるとともにビジネス上の敏腕マネージャーの役目を見事にこなし、彼の贅沢なライフ・スタイルを十全にサポートした。彼らのパートナーシップは非情に堅固だったので、ダリはしばしば、「ガラ=ダリ」の連名で作品の多くにサインをした。

 そして1968年、ダリがついに1930年代に約束した「いつか君にお城を買ってあげるから」を果たす日がやってきた。

 この年、彼はスペイン、カタルーニャはジローナ県の人口わずか200人ほどの村プボルに、小さな古城をまるまる購入し、ガラへの捧げ物とした。以後、この古城はガラ・ダリ城(Castillo Gala-Dalí)と呼ばれることになる、このゴシック・ルネサンス様式の歴史的建造物は1065年に築かれたものだった。

 購入当時、屋根は崩れ落ち、草木の繁茂するにまかせてあったその廃城を、ダリは1年かけて大規模に改修し、いたるところを埋め尽くす豪華な調度類と、色鮮やかな壁画からなる、彼の美学趣味で統一された一大芸術空間として蘇らせた。

 また注目すべきは、この女王の居城を訪問する権利を持つ者が、この世でわれらがサルヴァドール・ダリただ独りだったという点だろう。これはもう、グリム童話にでてくるあの塔の中の姫君「ラプンツェル」を思わせる、現代のお伽話でしかあるまい。

 しかも、彼の訪問にはある条件がついていた。ダリはいつでも気の向いたときに、城門をくぐれるわけではなかった。そのためには事前に手紙をしたため、ガラの許可を得た後にはじめて登城が許されるという、まさに中世の騎士道さながらの、実に歯がゆくも奥ゆかしいオールド・ファッションこそが、晩年の二人の愛の作法だったのである。

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