>  > 参院選“29万票”も獲得して落選した山田太郎議員が語る

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渋井哲也

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写真(縦) インタビューに応じる山田議員(16年7月15日撮影)

 参院選は与党の圧勝で終わった。「改憲勢力」が3分の2を超え、自民党の比例区の得票数も小泉旋風に次ぐものになった。しかし、今回の選挙では改憲とは“別の”熾烈な戦いもあったことを知ってもらいたい。

 テレビや新聞では取り上げられなかったが、山田太郎議員(新党改革から比例区で出馬)の、表現の自由をめぐる孤軍奮闘の闘いだ。秋葉原などでの街頭演説のほか、インターネットを駆使して集めた票は、落選議員の中では最多得票の291,188票。再選はならなかったが、表現規制への抵抗を長年示し続け、見事にかたちになった山田議員は今何を思っているのか? 引っ越し作業中の議員室で話を聞いた。

 ちなみに、山田議員がメディアで取り上げられた有名なやりとりに、以下のようなものがある。2013年5月の参院予算委員会での質問内容だ。

水島新司先生の野球漫画『ドカベン』、つまり、私と同じ名前の山田太郎という人が主人公の漫画なんですけれども、その中でも8歳以下のサチ子という妹が入浴シーンで出てきておりまして、こんな本なんかも発禁本になる可能性もあるということですかね? そんなことがまかり通ったり自主規制されますと、私としてもちょっとこれはゆゆしき事態だと思うのですが

 その後、児童ポルノ法改正問題では、アニメや漫画、ゲームの中の実在しない登場人物については規制対象外のままになったが、この山田氏の質問による貢献は大きかったといわれている。


――落選議員の中では最大の得票数、291,188票でした。当選した議員で、比例区での個人名で比較すると、社民党の福島瑞穂副党首(254,956票)よりも多く、民進党や共産党、おおさか維新、「生活の党と山本太郎となかまたち」の誰よりも票が多かった。自民党の順位で比較すると、7番目の山谷えり子議員(249,844票)よりも多かったですね。  

山田氏 自分でもびっくりしています。ですが、「表現の自由」を守る声を国政で知らしめるためには、自分が当選しようとしまいと、最低でも10万票を越さないと、「(表現の自由を守るという声は)なんだ、たいしたことないな」ということになっちゃうからダメだと思っていました。死んでも10万票、できれば15万票と思っていたんです。それが、期日前投票の出口調査で、某新聞が「15万票」と言っていて、結果、蓋を開けてみればその倍の票数でした。もうひとつびっくりしたのは、全国的に票が入っていたことです。都道府県別とか、市町村別とか見ているんですけど、どんな市町村でも必ず1票は入っていた。入っていない場所は少しだったから、敢えてそこに行ってみたいと思いましたね(笑)。

――演説は東京中心だったんですよね?

山田氏 そうです。ほかにはツイッターとかフェイスブックなどネットで活動が伝わりました。そしてもうひとつ、(ドワンゴのニコニコチャンネルで)「参議院議員・山田太郎のさんちゃんねる」( http://ch.nicovideo.jp/taroyamada)をやってきたことが大きかったです。でも、盛り上がりを見せたのは投票日までの一週間ですね。  

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参議院議員・山田太郎のさんちゃんねる

――盛り上がったというのは?

山田氏 投票の一週間前からサーバーが落ちまくったんです。最初は「あらぬ攻撃か」と思ったのですが、そうじゃなかった。インフルエンサー(大きな影響力を与える人)の人が私のことを広めてくれたんです。それを見た人が「こいつは誰だ?」と調べて、プロフィールや実績を見て、ちゃんねるにアクセスしてくれていたんです。僕自身のツイッターのフォロワーは3万人くらいしかいないので、自分の発信力だけでは広がらず、インフルエンサーが次々とトゥギャッターやネイバーでまとめられて広げてくれた感じです。ディスる者まで出てきて、そういうのをみんなが見ながら私の存在が広がっていった。あまりにも来訪者が多くてしょうがないので、サーバーの容量を増やしたんですが、それでも落ちましたね。投票当日も落ちました。

――投票当日も迷っていた人がいたんですね。

山田氏 ネットの人たちは侮れないですね。自分が納得していないと動かないし、いわゆる、選挙好きな人から「この人に入れて」誘われても動かない。しっかりネットで調べて個の判断をしているんです。

――積極的に調べるユーザーが多かったということですね。参院選の争点が「改憲勢力3分の2に届くか」といったことにメディアでは言われているのに、表現の自由に注目が集まったということでしょうか。

山田氏 そうじゃないと(票を)入れないですよ。でも、29万人にとってみれば、切実で死活問題だったりする。「改憲」がどうとか言っているのは表のメディアの人たちだけ。誰もかれもがそんなことを考えているわけではないんです。自分でやっていても、改憲発議の選挙とは思えませんでしたからね。だから私は、自主規制も進み、コンテンツの自由、表現の自由が侵されそうで、漫画が面白くなくなってきていて、さらには“同人活動”まで規制の対象として狙われているということを伝えていきました。「なんだ、コミケはそんなに危機だったのか?」…と、そういうことが1人ひとりに伝わった。個からの発露だったといっていいでしょう。

 今回はツイッターで私に投票したくれたとつぶやいていた人が何人もいまして。記念に投票してきた「証明書」を写真に撮ってアップした人もいたり、「選挙区は自民にいれたよ」「選挙区は民進にいれたよ」でも「比例は山田太郎にいれたよ」という声もありましたね。面白かったのは「選挙区は幸福だったけど、比例は山田太郎にいれたよ」というもの(笑)。ただ、「選挙区で公明」というのはなかった。言えないのかもしれないし、本当にないのかもしれない。わかりませんね。

――ただ、29万票を獲得しても、結局は落ちてしまった。それだけ「新党改革」には票が集まらなかったといことですが、「改革」で出馬をしたことはどう考える?

山田氏 何がなんでも再選して議員の立場を維持するという選択もありましたが、私は筋を通す方を選びました。表現の自由を守るという政策を丸飲みしてくれる党じゃないと(候補者として)立てないから「新党改革」で比例代表として出馬することを決めました。もちろん、議席を取るのは戦略上難しくなるとわかっていましたが、「おおさか維新」に入党したときの反省もありましたからね(*)。

*山田氏は2010年の参院選で「みんなの党」の比例代表で立候補。比例順位は10位。7位まで当選だったため落選した。2012年、比例の上位当選者が衆院選への立候補による自動失職により繰り上げ当選。14年、「みんなの党」が解党し、新会派「日本を元気する会」を結成。16年1月、「表現の自由を守る会」を結成。4月に「元気」を離党。「おおさか維新」に入党した。埼玉県選挙区の公認候補として打診された。表現の自由を守る訴えを全国行脚することになっていたが、「埼玉で選挙運動に専念しろ」と言われたことに納得いかず離党届を提出。お維新は除名処分にした。そして6月、「新党改革」で比例代表として出馬することを決めた。

――「新党改革」は、党の中で初めて「表現の自由を守る」と公約(*)を入れましたね?

山田氏 公党としては憲政史上、初めての公約ではなかったでしょうか。

*今、マンガやアニメ・ゲームなどのエンターテイメントの分野では表現の規制がどんどん進んでいます。クールジャパン関連産業の裾野を幅広く支えるためにも、コミケ、二次創作、コスプレ、同人誌など 様々な表現を許容し、表現の自由を守ります。

――それにしても、29万票というのはありえないほど多い数字ですね。

山田氏 でも、当選するには(党として)100万票をとらないといけない。そんななかで、「新党改革」はテレビや雑誌などの“表のメディア”をあまり使えておらず、放送されるのは、政見放送の、1分30秒だけ。だから戦略上、票を集めるには圧倒的に「ネットの世界」が必要だったのです。

――「改革」自体に票が集まらなかったために落選したわけですが、それ以外の選択はあったのか?

山田氏 先ほども言いましたが、お維新に身を寄せたことでひとつ経験したので、それ以外の選択はなかったんでしょうね。「新党改革」は、安保法制も選挙制度改革も一緒にやっていたパートナーだったから信頼していたんです。憲法に関しても、世の中では「改憲勢力で、自民党の補完勢力」と言われているけれども、今回の選挙での公約でも「憲法改正は時期尚早」と言っていました。でも、最後までその誤解は払拭できませんでしたね。

――今回は、「29万票で落ちるのはおかしい。でもたかだか、3万のやつが当選するなんて、選挙制度がおかしい」など、選挙制度の不備を訴える声も上がりましたね。


山田氏 でも、僕も当選時は3万票だから、文句は言えませんね(笑)。でも、自分の筋を大切にしてきたことはよかったと思います。やっぱり、バッチにこだわる発想があれば、「ごめん」と別の党へ行けたのかもしれませんが、僕は、落選してでも、筋は通すべきだと思っていたし、とにかく約束を守りたかったんです。

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