「432Hz」は心と宇宙に響く魔法の周波数?― “癒やしの音” vs “大衆支配の音”、音楽のチューニングに隠された謎とは

TikTokやYouTubeの片隅で、一つの奇妙な陰謀論がゾンビのように生き続けています。それは、私たちが日常的に聴いている音楽の「チューニング」に関するものです。
現代の西洋音楽のほとんどは、基準となる「ラ(A)」の音を440Hzという周波数に合わせられています。しかし、一部の音楽家やスピリチュアリスト、そして陰謀論者たちは、「私たちは皆、騙されている」と主張します。彼らによれば、楽器が本来合わせるべき正しい周波数は「432Hz」なのだそうです。
そして最近、この長年の論争に再び火をつける、あるChrome拡張機能が登場しました。
宇宙の周波数「432Hz」とは?
432Hzの信奉者たちにとって、この周波数は単なる数字ではありません。彼らはそれを「宇宙の周波数」と呼び、「自然と調和し、私たちの心と体を癒す力がある」と信じています。不安を和らげ、睡眠の質を向上させ、心拍数を下げ、創造性を高めるなど、その効果は枚挙にいとまがありません。
彼らが主張するその根拠は、432Hzが黄金比や惑星の軌道、古代建築など、宇宙に見られる数学的なパターンと一致するというものです。古代エジプトやギリシャの楽器がこの周波数で調律されていたという逸話や、僧侶が詠唱に用いるという話もありますが、これらを裏付ける確固たる証拠はありません。
しかし、YouTubeで「440Hz vs 432Hz」と検索すれば、無数の比較動画が見つかります。多くのリスナーは、432Hzで再生された音楽を「温かい」「有機的」「感情的に深い」と評価し、440Hzを「冷たい」「鋭い」「何かが違う」と評しています。
440Hzはナチスの陰謀だった?
ここで話は一気に奇妙になります。陰謀論の核心は、「440Hzは、大衆の意識を鈍らせ、コントロールするために意図的に普及させられた」という主張にあります。
その最も有名なオリジンストーリーが、「ナチス・ドイツ陰謀説」です。1930年代後半、ヒトラーのプロパガンダ大臣であったヨーゼフ・ゲッベルスが、音楽の持つ心理的な影響力を利用して大衆を支配するため、440Hzを国際基準として推進した、というものです。

非常に魅力的な説ですが、歴史家たちはこのナチスとの関連性に疑問を呈しています。実際の歴史は、もっと複雑でした。
かつて、音楽のピッチ(音の高さ)は地域や時代によってバラバラでした。しかし、オーケストラが大規模化し、音楽が国境を越えて演奏されるようになると、ピッチの統一が必要になりました。19世紀には、より華やかな音を求めてピッチを高くする「ピッチ・インフレーション」という競争が起こり、歌手たちが悲鳴を上げる事態にもなりました。
1859年、フランスがA=435Hzを基準として制定し、これがヨーロッパの標準となりかけましたが、各国で様々な思惑が交錯。アメリカでは440Hzが標準となり、放送技術の発展と共に国際的な影響力を増していきました。1939年の国際会議で440Hzが議論された際、ナチス・ドイツの代表も出席していましたが、当時のドイツ国内の基準は435Hzであり、彼らが440Hzを推進したという証拠は見つかっていません。
結局、第二次世界大戦を経て、1950年代に440Hzが国際標準として推奨され、1975年に正式に制定されました。ナチスの陰謀というよりは、技術的な都合や各国の力関係が複雑に絡み合った結果なのです。
論争を再燃させた新技術「Music Re-Tuner」
これまで、デジタル音楽を432Hzで聴くには、専門的なソフトで一曲ずつ変換するか、誰かがアップロードした瞑想音楽のようなものを聴くしかなく、手間がかかる上に信憑性も低いものでした。
しかし、Chrome拡張機能「Music Re-Tuner」は、その状況を一変させました。このツールは、YouTubeやApple Musicでストリーミング再生される音楽の周波数を、リアルタイムで432Hzに変換します。ダウンロードも編集も不要です。
この手軽さが、432Hz論争を再びネットの中心に引き戻しました。「お気に入りの曲を432Hzで聴いたら、涙が止まらなくなった。これは本物か?」といったRedditの投稿は何百もの支持を集め、TikTokではジョニー・キャッシュの名曲「Hurt」の比較動画が数千回再生されました。
人々は、もはや誰かの感想に頼る必要はありません。自分のお気に入りの音楽で、その違いを直接「聴き、感じる」ことができるようになったのです。

科学か、感覚か―終わらない論争
もちろん、科学者たちはこの現象に冷ややかです。「432Hzが他の周波数より優れているという特別な意味はありません」と、ある音楽プロデューサーは断言します。音響工学の教授が行った実験でも、「432Hzの方が音楽が良く聞こえるという事実は確認できなかった」と報告されています。
しかし、信奉者たちは「科学がすべてではない」と反論します。彼らにとって、432Hzは単なるピッチではなく、「感覚」であり「感情」なのです。「プラシーボ効果だと言われても構いません。気分が良くなるのですから、それで十分です」というTikTokのコメントは、この論争の本質を突いているでしょう。
あなたが432Hzをスピリチュアルな覚醒への鍵と考えるか、単に少し低い「ラ」の音と考えるかは自由です。一つ確かなことは、いつの時代も、こういう音楽のミステリーは多くの人を魅了するということでしょう。
参考:Mental Floss、ほか
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