>  > 今更聞けない、移転にゆれる築地市場

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アナザー茂

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築地

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©ShoNiiro

 11月7日に豊洲新市場に移転ということで長きにわたり二転三転してきた築地市場移転騒動も良し悪しはともかくとして一段落したかのように見えたが、「土壌汚染をめぐる安全性」や「盛り土」問題などが次々と浮上し小池百合子都知事は移転の延期を決定した。関係者の中では白紙撤回もあり得るのではないかと囁かれており、築地市場移転問題は海外メディアでも広く取り扱われている。

 しかし、築地、築地と連日のようにメディアで騒がれているが、そもそも「場外市場」と「場内市場」の違いは何なのだろう、場外市場もなくなってしまうのかしら……などと、今まで市場に縁のなかった方が様々な疑問を持つのも無理はない。

 そこで、今更聞けない築地市場の様々な疑問をいくつか紹介していこう。移転問題もこういった築地の背景を知ることでより身近な問題として捉えられるかもしれない。

 今回は、プロの現場である築地市場がなぜ日本人にとどまらず、連日色んなな国籍の人が訪れる観光地になったのかということについて触れてみようと思う。


■つい最近までは観光地ではなかった築地市場

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©ShoNiiro

 築地市場は正式名称「東京都中央卸売市場築地市場」というように、1935年に開場された東京都が管理する公設の卸売市場であり本来関係者以外立ち入り禁止の施設であった。現在でも一般人の見学は午前9時から午後2時までと定められており、市場が休みの休市日には一般人の立ち入りは全面禁止されている。意外なことかもしれないが、築地市場が観光地化したのはここ10年ほどのことなのだ。昭和の終わりごろまでは築地場外にある波除稲荷神社の近くに「一般人立ち入り禁止」の看板が掲げられており、とても一般人が入れるような雰囲気ではなかった。まさにそこは1秒で数百万の大金が動くプロの現場であったからだ。

 様々な寿司屋から天ぷら屋、定食屋などが立ち並ぶ築地場内市場の「魚がし横丁」及び今や観光客でごった返しの場外市場は、元来市場で働く人々に食を提供する場所であった。味は残念ながら他所で食べるものと全く変わらないが、かの吉野家1号店もここ「魚がし横丁」内にある。テリー伊藤の兄が経営する玉子焼きのお店「丸武」も場外市場にあり、ほんのり甘い玉子焼きに大繁盛だ。

 今や観光客にオープンな築地場外市場であるが、元々一般人が利用するような場所ではなかった場外市場に転機が訪れたのはバブル崩壊後の平成5年頃だという。当時のことを知る市場関係者は、「場外にあんなに人がいるなんて当時はあり得なかったよ。そりゃ年の瀬にアメ横みたいに混みあうことはあったけど」と、かつてのことを振り返る。

 ちなみに筆者が聞いたところによると、この頃、各地域の商店街にスーパーができ始めたことが築地市場が観光地になるきっかけになったのだと、森本博行前市場長は語る。

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コメント

1:匿名2016年9月15日 13:28 | 返信

????
ちゃんと取材したの?

見学時間は午前10時からに変更されてます。

「少し値段は高い」?
現地で食べてから、そのセリフ?

適当にネットの情報集めて書いたように思えてしょうがないです。

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