【反出生主義】子どもを作ることは倫理的・哲学的な絶対悪! ベネタ―哲学『生まれてこないほうが良かった』訳者・小島和男准教授インタビュー

【反出生主義】子どもを作ることは倫理的・哲学的な絶対悪! ベネタ―哲学『生まれてこないほうが良かった』訳者・小島和男准教授インタビューの画像4撮影=編集部

――「(人間を含むすべての感覚のある存在者は)生まれてこない方が良かった」というベネターの主張の核心部分について、なるべく簡潔に説明していただけますでしょうか。

小島 ベネターは、苦痛と快楽には非対称性があると考えています。つまり、Aさんがもし存在するとしたら、そこには苦と快が存在する。苦が存在するのは悪いことで、快が存在するのは良いことです。一方、Aさんがもし存在しないとしたら、苦も快も存在しません。その場合、苦がないことは良いことであり、快がないことも悪くはないということになります。

 このようにAさんが存在するときと存在しないときを比べると、存在するよりも存在しない方が悪いことの総量が少ないどころか、そもそもAさんは存在しなければ悪いことが全くないということになります。

――たとえその苦を受ける人が存在しないとしても苦がないのは良いことである、というのが、哲学的素養がない人にはピンと来ないような気がします。受け手が存在しないのであれば、快がないのも苦がないのも単に「ゼロ」であって、それ自体は良くも悪くないのではないかな、と思ってしまうのですが。

【反出生主義】子どもを作ることは倫理的・哲学的な絶対悪! ベネタ―哲学『生まれてこないほうが良かった』訳者・小島和男准教授インタビューの画像5撮影=編集部

小島 そうですね、そこは哲学の素養があるかどうかということではないと思います。学者の中でもベネターの主張についてその点で「理解できない」と言う人もいます。ただ、彼は、存在しない人の快苦を考えられるという、彼以外にも主張する人のいる前提に基づいて丁寧に議論しています。それから快がないのは「悪くはない(not bad)」として、とにかく「苦」や「悪」がないことを高評価します。それを受け入れられない人は多いと思います。

 ただ、個人的には、この点でベネターは後世に残る独特の哲学説、いわば新しいバージョンの功利主義のようなものを打ち立てていると思います。僕はベネターのこの本には哲学史的に非常に意味があると思っていて。英語圏の現代哲学の1つの発展の形として、やっとここまで来たかという感じがしています。って、専門の先生の受け売りなんですけど。

 受け売りを続けますと、ベネターは専門用語に頼らず、前提知識なしに結論を導けています。しかも、ほかの哲学の専門家たちに反論されても、専門用語抜きに再反論ができている。そして、ものすごく綿密で丁寧な議論になっている。

 この本の中でも彼は随分エピグラフ(題辞)を載せてますけど、人類の歴史の中で「生まれてこない方が良かった」という反出生主義的な見解というのは存在していたわけです。

【反出生主義】子どもを作ることは倫理的・哲学的な絶対悪! ベネタ―哲学『生まれてこないほうが良かった』訳者・小島和男准教授インタビューの画像6撮影=編集部

むしろ古代ギリシアなんかでは、いや、古代ギリシアのみならず昔は世界中で当たり前の考え方だったかもしれません。だけど、ベネターみたいに綿密に議論を組み立てているものはたぶんこれまでなかったですし、それを可能にする哲学の思考法っていうのも、デレク・パーフィット(イギリスの哲学者)などの下地があった上でですが、やっと出てきたのかなと。

 先ほど言葉としてはちょっと出てきましたが、「分析的実存哲学」という言葉を作ったのもベネターです。これは要するに、実存主義的な問題意識を分析哲学的に考える哲学なんですね。この後に続く人がどれだけいるのか分かりませんが、ここに新しい哲学のスタイルが成熟してきている気がしてワクワクします。

 

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反出生主義・インタビュー等まとめはコチラ


◆小島和男
2004年学習院大学大学院人文科学研究科哲学専攻博士後期課程単位取得退学。同大学文学部哲学科助手を経て、2007年同大学哲学博士取得。学習院大学文学部哲学科准教授。著書『プラトンの描いたソクラテス』(晃洋書房)、共著『面白いほどよくわかるギリシャ哲学』(日本文芸社)など。古代ギリシア哲学、今は特にローマ帝政期にプラトンを研究していたいわゆる中期プラトン主義者のアプレイウスのプラトン解釈を研究している。同時に、ハイデッガーのプラトン解釈にも目を向け「プラトンを読むことが哲学をすることにどうつながるのか」という問いから、哲学の方法論やメタ倫理学などの分野にも関心を持ち、ベネターの翻訳も手掛けた。

◆ラリー遠田(らりーとおだ)
作家・ライター/お笑い評論家
1979年、愛知県名古屋市生まれ。東京大学文学部卒業(専攻は哲学)。テレビ番組制作会社勤務を経て、作家・ライター、お笑い評論家に。テレビ・お笑いに関する取材、執筆、イベント主催など、多岐にわたる活動を行っている。お笑いムック『コメ旬』(キネマ旬報社)の編集長を務めた。『イロモンガール』(白泉社)の漫画原作、『逆襲する山里亮太』(双葉社)、 『なぜ、とんねるずとダウンタウンは仲が悪いと言われるのか?』(コア新書)など著書多数。


【『生まれてこないほうが良かった』のサポートページ】
https://sites.google.com/site/umakona2017/
こちらに最新の正誤表を載せ、また関連のイベントの開催をリンクとともにお知らせしております。


【イベント情報】

●『生まれてこない方がよかった』出版記念トークイベント
2018年3月10日(土)15:00-17:00
http://www.gaccoh.jp/?page_id=9764
京都出町柳のGACCOHにて戸谷洋志先生と対談形式のイベントを開催致します。上記Webページよりお申し込み下さい。

●学習院さくらアカデミー(学習院大学内の生涯学習センター)
2018年3月25日(日)13:00~14:30
訳者が語る特別講座 何故、生まれてこないほうが良かったのか?~90分でわかるベネター『生まれてこないほうが良かった』
http://g-sakura-academy.jp/course/detail/2018/A/045/
上記Webページよりお申し込み下さい。

●学習院大学哲学サークルPhilo LABOにて、ベネターに関する哲学対話(予定)
2018年4月7日(土)17:00~19:00
2018年4月14日(土)16:30~19:00
下記TwitterまたはFacebookにて詳細を掲載致します。
https://twitter.com/philo_labo
https://www.facebook.com/philolabo/

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●学習院大学文学会・学習院大学文学部哲学科共催シンポジウム
D・ベネター『生まれてこないほうが良かった』をめぐって

2018年4月21日(土)14:00~17:50 学習院大学西5号館201教室 入場無料・申込不要

登壇者
森岡正博(早稲田大学 人間科学部 教授)
佐藤岳詩(熊本大学大学院 人文科学研究部 准教授)
吉沢文武(工学院大学 教育推進機構 特任助教)
戸谷洋志(大阪大学大学院 医学系研究科 特任研究員)
小島和男(学習院大学 文学部 准教授)司会者・責任者

「生命の哲学」の提唱者である森岡先生、『メタ倫理学入門』の著者佐藤先生、人生の意味から宇宙倫理、動物倫理まで幅広く研究されている吉沢先生、ハンス・ヨナス研究の戸谷先生をお招きしてのシンポジウムです。賛否の分かれるベネターのアンチナタリズム(反出生主義)に関して先生方のお話を伺います。来場者からの質問も質問用紙にて受け付けお答え致します。皆さま、奮ってご参加下さい。

文=ラリー遠田

作家・お笑い評論家。お笑いやテレビに関する評論、執筆、イベント企画などを手がける。『イロモンガール』(白泉社)の漫画原作、『教養としての平成お笑い史』(ディスカヴァー携書)、『とんねるずと「めちゃイケ」の終わり<ポスト平成>のテレビバラエティ論』 (イースト新書)など著書多数。近著は『お笑い世代論 ドリフから霜降り明星まで』(光文社新書)。

Twitter:@owawriter 書籍情報:https://owa-writer.com/

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