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イメージ画像:「Photo AC」より

■日本人に親しまれ続ける忠犬ハチ公の逸話

 東京・渋谷駅前の“忠犬ハチ公像”といえば、渋谷の待ち合わせ場所として絶大な人気を博している。3月8日のハチ公の命日から1カ月後に行われる慰霊祭は、今年4月で83回目を迎えた。駅前で常に主人の帰りを待ち、その死後も10年間も駅前に通い続けたイヌとして知らぬ者はいない。ハチ公の名は映画化などによって世界中で人気の的となったが、実は海外にも「現代版ハチ公」と呼べるイヌは多くいるのだ。日本のハチ公とともに、それらのイヌも紹介することにしたい。

 秋田犬のハチは、1923(大正12年)11月10日に、秋田県で生まれた秋田犬だった。翌年の1924年からは、現在の渋谷・東急本店の裏手あたりに住んでいた東京帝国大学農学部教授の上野英三郎博士に飼われた。ハチは、渋谷駅前で上野氏の帰りを待つようになったが、ハチを飼い始めた翌年の1925年5月21日に上野氏は脳溢血で倒れ急死。だが、上野氏の死後も渋谷駅前で主人の帰りを毎日待ち続けたハチは、新聞記事に掲載され「忠犬ハチ公」と呼ばれて日本中で知られるところとなった。

 ハチは、上野氏の死後3日間は何も食べず、4日後に通夜が行われた日にも、一緒に飼われていた2匹のイヌと共に渋谷駅前へ行き上野氏の帰りを待った。その後も帰らぬ主人を待つ姿は、渋谷駅前の風物詩として知られた。

 上野氏の死去から10年経った1935年3月8日の朝、ハチは渋谷の路上で死んでいるのを発見された。11歳だった。解剖したところ、胃から竹串が見つかったことなどから、駅前に餌をあさりに来ていただけで、世に言われるほどの「忠犬」ではないという意見もある。だが、主人の死後3日間何も食べなかったことを考えれば、やはり主人を想うばかりに精神的ショックが強かったのではないだろうか。主人に忠実なハチ公のストーリーは、いかにも日本人の心の琴線に触れる話だろう。

 以降では、海外で有名な「現代版忠犬ハチ公」を4例ほど紹介する。

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