レンブラント作品、作者は本人ではなかった! 17世紀の“ゴーストペインティング”問題とは?

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • コメント0

――エカキで作家・マンガ家、旅人でもある小暮満寿雄が世界のアートのコネタ・裏話をお届けする!

1957418_594582533953483_53023675_n.jpg
屠殺された牛:レンブラント

 耳が聞こえない作曲家として活動していた佐村河内守氏だが、彼はまさに世間がアーティストに期待する理想像を演じきった人間だったと言えよう。プロデュース能力はあったのだから、その才能を活用して他の誰かを売り出せばよかったのだが、ご本人は自分が表舞台に出ないと気が済まない人だったのかもしれない。

 また、佐村河内氏のゴースト作曲をしていた新垣隆氏は、恋愛関係のもつれが原因で、真相を告白したともウワサされている。もちろん性的指向の差異で作品の芸術性が変わるものではない。CDの出荷を止めるなどつまらないことをせずに、クレジットの作曲家名、もしくは著作権の変更を行い、今まで通り売れば良いと思うのだが…。


■実はニセモノが描いた世界的名画?

 では、画家の世界はどうだろう?

ren3.jpg
ユダヤの花嫁:レンブラント

 こちらのレンブラント作、「ユダヤの花嫁」をご覧になっていただきたい。

 インテリアの世界でも“レンブラント・ライト”と呼ばれ、影の中から深みのあるオレンジ色の光が浮かび上がってくる独特の手法。まさにこの画家以外には考えられない光と影の表現である。

 ところが、この画家には、ことのほか「贋作」が多いということを、ご存じだろうか?

 いや、贋作というのは犯罪行為なので、正しい表現ではない。正しくは“レンブラント監督”によって制作された、弟子たちの「工房作品」というのが正しいだろう。

 もっともレンブラントの時代、17世紀のヨーロッパでは工房作品というのは当たり前だった話。取りたてて言うほどのことはない。ではレンブラント工房の「何」がほかのところと違っていたのだろうか?

 実はレンブラント工房では、リューベンス工房のような分業制をとっていなかったことが、マテリアルなどの科学測定から推測されたのだ。つまりレンブラント自身がすべて描くか、弟子ひとりが全部描くかという手法を取っていたようなのである。しかも、自分が描いた作品も、弟子が描いた作品も、すべてレンブラント名義の作品としてクライアントに引き渡していたという。

 さらにはレンブラント自身は、自分の自画像がお金になることを知っていたのだろう。こちらまで弟子に描かせ、引き渡していたとしか思えない判定結果が出たというのだから驚きである。

 それにしても、レンブラント同様に描ける弟子がいたのだろうか?


■複製もお手の物!? 凄腕弟子たちの手法とは?

ren2.jpg
自画像:この絵はレンブラントの真筆


 画家の立場とすると、あまり認めたくないのだが、それはいたに違いない。油彩を描いた経験のある方なら誰でもご存じだろうが、油絵具は一度乾燥した上から、何度でも厚く塗り重ねることができる。

 その際、黒のような暗い色は薄塗りでも下地の色を簡単に覆い隠せるが、一方で白のような明るい色は厚く盛らないと下地の色を隠すことはできない。

 レンブラント作品はそんな油彩の特性を活かし、光が当たっている部分は明るい色を厚塗りし、さらに乾燥させてから、半透明の「おツユ」をかけていく技法を繰り返している。

 レンブラントの絵画は複雑にこの技法を繰り返しているのだが、基本的な手順はシンプルなため、経験を積んだ弟子なら師匠同様に描くことができたのだろう。また、レンブラントは弟子に自分以外の師匠から絵を学ぶことを許さなかったこともあり、弟子も師匠のメソッド以外では描けなかったのかもしれない。それにしても、このことで衝撃を受けたのは、後世のコレクターや美術館である。

関連キーワード

コメントする

お名前
コメント
画像認証
※名前は空欄でもコメントできます。
※誹謗中傷、プライバシー侵害などの違法性の高いコメントは予告なしに削除・非表示にする場合がございます。