レンブラント作品、作者は本人ではなかった! 17世紀の“ゴーストペインティング”問題とは?

レンブラント作品、作者は本人ではなかった! 17世紀のゴーストペインティング問題とは?の画像4黄金の兜の男

■次々と判明する鑑定結果に、コレクター困惑!

1968年、レンブラント没後300年となった翌年、オランダの美術関係者たちによって「レンブラント・リサーチ・プロジェクト」が発足された。X線や赤外線写真によって、画面の構造分析するのはもちろん、キャンバスの繊維や支持体のパネル版、絵の具の年代測定を行い、徹底的な調査をはじめたのである。

 ところがその調査の結果、対象となった280作品のうち、レンブラントの真筆とされる作品は約半分の146作品。あとは工房作品、もしくは関係者による作品と判定されてしまったのである。日本にある唯一のレンブラント作品とされていたブリジストン美術館所蔵「ペテロの否認」もクロと判定(現在、同館による絵のタイトルは「聖書あるいは物語に取材した夜の情景」。レンブラントの真作か否かは不明とされている)。そして、あろうことかレンブラント作品の中でも“精神的な深みにおける最高傑作”とされる「黄金の兜の男」までもが、レンブラント周辺の画家と判定されてしまったのだから、さあ大変!

 美術関係者、とりわけレンブラントを所蔵する美術館関係者のショックは大変なものだった。

 まさか「黄金の兜の男」までもが真筆でなかったとは…。それで作品のクオリティに違いが出るわけではないにせよ、絵画史的にはそれに残る素晴らしい作品だというのに、ブランドを失うのだから、ベルリン美術館のスタッフにはお気の毒な話である。
(現在はレンブラント・ファミリーの作品として、一番良い場所に展示されているが)。

 だが、誤解していただきたくないのは、このことはいささかもレンブラント作品の芸術的価値を下げるものではないことだ。

 仮にシェフが自分が編み出した秘伝のスープを他店に教えるだろうか? もちろん、ノーだろう。だが、人間的にルーズだったレンブラントは、その秘伝のレシピを弟子にすべて漏らしてしまったのだろう。

 弟子ひとりに全部描かせていたという科学測定による事実が、それを物語っている。大らかだったのか、セキュリティが甘かったのか、今となっては知るよしもないが、全盛期のレンブラントは注文が殺到して、仕事がこなせなくなったとも考えられる。

 外交官でもあり人心掌握術に長けていたリューベンスに比べ、お金にも女性にもルーズで、管理能力にも欠けていたレンブラントらしい話かもしれない。


■ルーズな性格が転落を招く…

レンブラント作品、作者は本人ではなかった! 17世紀のゴーストペインティング問題とは?の画像5画像は、夜警:レンブラント

 さて、レンブラントといえば、アムステルダムにある代表作「夜警」が不評を買い、絶頂期からたちまち転落の一途を辿ったというエピソードが有名だ。

 たしかにレンブラントの前半生は栄光に満ちていた。上流階級の娘・サスキアとの結婚によって、お金持ちのクライアントを大勢ゲットし、豪邸に住み、大勢の弟子を抱えるというゴージャスな生活。しかし、その後2人の間に授かった子どもたちは次々に先立ち、「夜警」を完成させた年にはサスキアまでもが死去。それをきっかけにレンブラントのどん底人生が始まる。

 そんな暮らしの中でも女性にだらしなかったレンブラントは、たった1人生き残った息子・ティトゥスの乳母ヘルチェ・ディルクスに手を出した。ところがその当時レンブラントは別に家政婦として雇っていたヘンドリッキェと内縁だったのだ。この出来事ことから、婚約不履行で訴えられ、ドロ沼の争いになる

 加えて前妻サスキアの遺産相続でモメにモメ、上流階級のクライアントからの信頼を次々に失い、とどめは内縁の妻ヘンドリッキェと最後の息子ティトゥスとの死別。その翌年、レンブラントは独り寂しくその生涯を閉じることになる。

 これだけ聞くとレンブラントの転落は、いかにも芸術家の生涯らしく、大衆好みのジェットコースター的な人生だが、実際には後世に残されたエピソードとの違いもあったようだ。

「夜警」にしても、後世言われているように、それほど評判が悪かったわけでもない。ただこの作品は、火縄銃組合の集団肖像画として依頼された作品だったので、絵の中で小さく扱われた依頼人に不評だったというのが本当のところのようだ。

 また、「夜警」の後も大きな仕事は入っていたようだが、羽振りの良い時に建てた豪邸のローンが残るなど、浪費を繰り返した後のツケがまわってきたらしい。自己管理能力の苦手なレンブラントらしい話である。

 アーティストの中には不幸でないと良い作品ができないという人がいる。

 それは根拠のない話ではなく、モノ作りというのは、作り手の心に棲みついた怪物を吐き出す作業でもあるからだ。むろん、好んで不幸になる人間はいないが、結果的にレンブラントは不幸を糧に作品を作り続けていたのかもしれない。

■小暮満寿雄(こぐれ・ますお)

1986年多摩美術大学院修了。教員生活を経たのち、1988年よりインド、トルコ、ヨーロッパ方面を周遊。現在は著作や絵画の制作を中心に活動を行い、年に1回ほどのペースで個展を開催している。著書に『堪能ルーヴル―半日で観るヨーロッパ絵画のエッセンス』(まどか出版)、『みなしご王子 インドのアチャールくん』(情報センター出版局)がある。
・HP「小暮満寿雄ArtGallery
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