誘拐され、5時間にわたる抵抗の末に結婚を受け入れたディナラ/林典子
■アラ・カチューとは?
――誘拐結婚は、今同じ時代に起きている事には到底思えないのですが。
林 誘拐結婚を初めて知った時は私も驚きましたね。キルギスにおいても、1994年に法的には禁じられたものの現状はまだ改善されていません。それどころか、増えていると指摘する専門家さえいます。この写真集は、5カ月間の取材と、後日追加取材したものをまとめたものなのですが、「誘拐結婚」という字面の面白さだけを取り上げられてしまうこともあるので、私自身発表する際にはとても注意しているんです。というのも、かつて日本にあった夜這い文化や、気に入った女性を花嫁にするために、半ば強奪的なやり方で我がものにしてしまう風習はどこの国にもある話なのですが、キルギスの誘拐結婚は、それとは全くの別物。わかりやすく日本の例を出して言いますと、日本ではそういった悪しき風習が近代化とともになくなっていったのとは逆に、キルギスでは、20世紀になってから出てきたのです。
――詳しく教えてください。
林 誘拐結婚、現地の言葉では「アラ・カチュー(ала качуу)」といって、直訳すると「奪って去る」という意味になります。ただ本来、「アラ・カチュー」は全く別の意味で使われていました。
かつてキルギスでは家同士の繋がりが深く、生まれながらにして親が決めた人と結婚するという形式が主流でした。これはおそらく遊牧時代の名残なのでしょう。でも人間ですから、親がどう決めようと好きな人ができてしまうこともある。それで、男性が女性を合意のもとに誘拐するという形で「駆け落ち」すること、それを「アラ・カチュー」と呼んでいたのです。