婚約者がいるのに誘拐された女性ファリーダ。説得されるも、顔を背ける/林典子
――携帯があったからこそ助かったりしたこともあるんですね?
林 キルギスは一家に一台パソコンがあるような国ではないですが、携帯電話は農村部でもたいてい通じます。誘拐されて、両親に助けを求めるメールを出して助かった女性もいます。ですが、狭いコミュニティなので「男の家に入って、出てきた」という噂はすぐに広まってしまうのです。ファリーダという女性も、家に帰ることができたのだけど、あらぬ噂が広まってしまい、ガソリンスタンドのお兄さんや、商店の人も彼女のことをなんの根拠もなく悪く言っていました。自分の通訳までも、「ファリーダは遊び人だと思っていたけどやっぱりその通りだったね」という始末なのですよ。こういった狭いコミュニティにも問題があるのだと思います。
ちなみに、男性側が誘拐の計画を企ていることが噂で流れて、それを聞いたターゲットの女性が逃げてしまうこともある。なので、男性側は「アラ・カチュー」の決行を数日前に決めることが多いんです。中には、その場でいきなり誘拐を決めてしまう人もいます。これは実際の経験談ですが、街に気になる女性がいるから見に行くという男性がいたので、後ろから車でついて行ったら、たまたまその女性が歩いていて誘拐してしまったこともある。「アラ・カチュー」は突然起こることも多いんです。
――キルギス国内ではどういう反応なんですか?
林 キルギス全土で「アラ・カチュー」が多発しているような誤解もあるのですが、都心部ではそんなことはありません。しっかりとした教育を受けた富裕層の人たちの中には「アラ・カチューは絶対に許せない」と考える人も多いです。また「アラ・カチュー」の実態自体をまともに知らない人もいるくらい、無縁なのです。
ただ、2013年の終わり頃からキルギス内でも社会問題として取り上げられることが多くなり、昨年のはじめに刑期が3年から最高10年にのびました。
――「アラ・カチュー」はなくなると思いますか?
林 自由恋愛を訴えるキルギス人はたくさんいますが、「アラ・カチュー」を無くすのは難しい問題だと思っています。個人個人の意識や間違った認識を変えていかないと無理でしょう。現地のNGO団体が私の写真を使ってポスターを作ったんです。「伝統ではなく犯罪だ」というコピーを入れて、小学校や公共施設に配布しました。情報がないキルギス人たちがそのポスターを見て、「アラ・カチュー」についてもう一度、自分の頭で考えてほしいと思っています。