世界でいちばん放射線量の高い場所10 ― 汚染惑星、地球を知ろう【PART3】

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■第2位 チェルノブイリ 旧ソ連・現ウクライナ/Chernobyl, Ukraine

chernobyl01.jpg大破したチェルノブイリ原発4号炉

 だれもが世界最悪の核事故の一つに挙げるチェルノブイリ(Chernobyl)原発の跡地には現在、少数の人々がごく限られた時間内だけ立ち入りが許されるようになったが、深刻な汚染はまだ続いている。後に決められた国際原子力事象評価尺度 (INES) において、この事故は最悪のレベル7(深刻な事故)に分類された。

 ウクライナの首都・キエフの北約130キロメートルに位置するチェルノブイリ原子力発電所4号炉で、大規模な爆発事故が起きたのは1986年4月26日未明のことだ。当時、ここでは旧ソ連が独自開発した黒鉛減速沸騰軽水圧力管型原子炉(RBMK)が4基稼働しており、そのうちの1つが炉心溶融、いわゆる「メルトダウン」を起こした後に大破した。

生々しい事故現場を伝える映像。「YouTube」より

 このとき発生した火災を鎮めるため、ヘリコプターが剥き出しになった炉心めがけて計5,000トンの砂や鉛などを投下し、爆発から14日後、ようやく鎮火した。

 この事故により原子炉の放射性物質が大量に放出されて空高く舞い上がり、ウクライナ、ベラルーシ、ロシアなどを中心とする広域を汚染した。チェルノブイリから約8000キロ離れた日本でも、野菜・水・母乳などから放射能が検出されて大騒ぎとなった。

 4号炉は事故直後、多数の決死の作業員の手で、「石棺」と呼ばれるコンクリートの建造物で覆われた。耐用年数は30年とされており、現在、この石棺をすっぽりと覆う高さ108m、長さ150m、幅260mの新シェルターの建築が進められている。巨大シェルターの中には、クレーンや空調などが整備され、石棺や設備の解体作業を行うことができるという。

 事故後、大量の放射線のせいで石棺の中には立ち入れないため、事故で死んだ職員や、その後プラントに向かったまま行方不明の作業員の遺体は現在もそこに残っているものと思われる。しかし、彼らを運び出せるのは数世紀後のことだとみられている。

事故のあらましを綴った43分の動画。「YouTube」より

 この悪名高い大惨事は、600万以上の人々を放射線に曝し、これが原因となって多数の死亡者が発生するとみられている。ロシアの科学者アレクセイ・ヤブロコフ、ワシリー・ネステレンコ、アレクセイ・ネステレンコは、2007年の報告書『チェルノブイリ:大惨事が人々と環境におよぼした影響』の中で、事故による死者数は2004年までの間で少なくとも98万5000人にのぼると推計している。

放射線で傷ついた遺伝子が産み出した、肉体と精神を病んだ子供たち。「YouTube」より

 このプラントでは、1991年に2号炉で火災が発生し、ウクライナ政府は炉が修復不能なレベルで損傷しているとして電源系統から切り離した。また1号炉は1996年に政府とIAEAなどの国際機関との話し合いにより、3号炉は2000年に、当時の大統領の判断でスイッチが切られ、ようやく全プラントが運転を停止した。信じられないことだが、電力に乏しいウクライナでは、事故後も原発を稼働させねばならなかったのだ。

 現在でも私たちは「チェルノブイリ」と聞けば、人間の苦しみとこの世の終わりといった黙示録的なイメージを思い浮かべるにちがいない。事実、1991年の独立当時のウクライナの人口は約5200万人だったが、2010年には約4500万人にまで減少している。

 最後に、チェルノブイリ原発の労働者のために1970年に建造された秘密都市プリピャチ市を上空から眺めながら、筆をおきたい。人口およそ5万人を数えたこの街に、いま住む者はだれもいない。朽ち果てた観覧車の物語るものが、人類の未来でないことをただただ祈りたい。
(文=石川翠)

参考:「brainz」「LiveScience」

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※最終章は配信日が決まり次第、更新します。お楽しみに

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