羅懿君《バナナの正義 ― 世界貿易と動乱のドラマ》 部分
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絵巻物のような構図が印象的なこの立体作品は、羅懿君(Lo Yi-Chun)の《バナナの正義 ― 世界貿易と動乱のドラマ》である。舞台はバナナ農園。木陰でゲームに興じる農園主とおぼしき人物や、プラカードを手に練り歩く男女、防護服に身を包んだ作業員の一団などが見える。この図柄とタイトルから勘案すると、本作が表しているのは、バナナをめぐる何らかの攻防である。そしてなお注目すべきは、本作の物質的側面である。この複雑なオブジェクトを構成するパーツは、すべて本物のバナナの皮なのだ。つまり作者は、バナナをめぐる物語をバナナそのものに語らせている。これは、面白い。
しかしなぜ、羅は「バナナ」に着目し、それを作品に用いたのであろう。その謎を解く鍵は、彼女の横浜滞在にある。
台北出身の羅が横浜に滞在したのは、2013年の春。日本を訪れたのはこの時が初めてだった。羅によれば、「異なる環境の中できっとカルチャーショックを受けるのではないかと期待していた」そうだが、結果は逆だった。グローバル化によって均質化した消費空間にあっては、台北も横浜も大差なかったのである。横浜で見たもののほとんどが、すでに彼女が台北で見知ったものであった。
そこで彼女は、むしろグローバル化によって失われたものを探し求める。それが「台湾バナナ」だった。かつて、日本で食されるバナナと言えば、台湾産バナナが相場であった。しかし、グローバル経済の波に押され、次第に日本の市場から姿を消していったのである。見えなくなってしまったものを再び見えるようにする――そのために彼女は毎日のように横浜市内の飲食店に足を運び、作品で使うバナナの皮をもらい受けた。すなわちそれは、もはや個々人の手の届かないところで突き進むグローバルな状況を、実際に手に取ることができるものを使って語り直そうとする試みだったのだ。