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元少年AのHPはなぜ突然一般に公開された？　開設をめぐる3つの謎

2015.09.18 18:00

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■十数年の時を経て失われてもの

　私は『絶歌』を読んで、かつての「酒鬼薔薇聖斗」ほどのカリスマ性を感じなかった。特に、今回のHP開設に関しては、中には「人間宣言」だ、という論評も見られた。この「ギャラリー」もまた、そのイラスト版ではないかとも思えなくもない。

　一方、「レビュー」で興味深かったのは、『NIGHT HEAD』（角川文庫）が取り上げられていることだ。豊川悦司と武田真治が出演したテレビドラマを私も見ていた記憶がある。そして、この小説版の中の、

「氷の浮いたメロンソーダのコップは、母さんの手の震えでカチカチとかすかな音をたてていた。ぼくは目の前に置かれたコップに鼻を近づけ、緑色の水から生まれた白い泡の子供たちが上へ上へと泳ぎ、シュウシュウと空中にはじけていく様子を無邪気にながめるふりをしていた」

という表現について、

「鳥肌ものだ。これほど鮮烈な文章映像が他にあるだろうか？　五感の中で最も優れているのは『視覚』で、人間は外界からの情報の約90％を『視覚』から得ているといわれる。表現における伝達力の速度と強度も視覚に訴えかけるものが群を抜いて高い。文章は、“視覚で読ませてナンボ”だと思う。」

　と書いている。『絶歌』では表現が細かく、サブカル的な表現をしている箇所がいくつもある。元少年Aは、読ませるための表現を『NIGHT HEAD』に見出したのかもしれない。

■元少年Aの偉人だった人物

　またパリ留学生人肉事件の佐川一政氏の著書が取り上げられている。佐川氏のことを元少年Aは、自らの事件を起こす前から知っていたという。

元少年Aは、「当時の僕にとっては猟奇殺人界の“殿堂入り”を果たした“偉人”」だった、と綴り、それと同時に「“嫉妬”や“羨望”を抱いていた時期もあった」という。

　事件当時、佐川氏はメディアに度々登場し、声明を出していたが、「それに比べ自分の置かれている惨めな環境、名前を失い、自らを語る声を失い、生きているのか死んでいるのかもわからない毎日が、歯痒くてならなかった」というのだ。透明な存在だった元少年Aが、「酒鬼薔薇聖斗」としてメディアに踊ったが、元少年A自身の肉声が伝えられることなく、事件を起こしてもずっと匿名な存在にならざるを得なかった。そのことを嫉妬したのだ。

「あんただって人殺しのくせに…‥

　どうして堂々と表に出られる？

　なぜ誰も彼を止められないんだ？」

　そうした感情を抱くようになったという。しかし、バラエティ番組に出て、自らを笑いものにしながら生きる姿を見て、「好き好んでこんなビデオに出たわけではないだろう」と同情的になっていく。そして、佐川氏宛にこんなことを書いている。

■自身の“偉人”への言葉

「僕はずいぶんと長い間、あなたのことを誤解していました。今頃になってようやく、あなたが抱え込んだ孤独や苦悩の深さに思い至りました。あなたも本当は凄く辛かったのだと思います。愚かな僕は、“恵まれていた”のは、“手抜きな生き方”をしていたのは、あなたではなく自分のほうであったことに、やっと気が付きました。僕も最近、自分を表現すること、切り刻んでさらけ出すことの苦悶と快楽を憶え始めたところです。あなたが『芸術とは失われたものへの郷愁である』というなら、僕にとって“芸術”とは、『失われた“現在”への求愛』です。僕にそれを教えてくださったのが、あなたです」

『絶歌』では「自分の過去と対峙し、切り結び、それを書くことが、僕に残された唯一の自己救済であり、たったひとつの『生きる道』でした」（P.294)との記述がある。表現することが自己救済ならば、「幻術とは、失われた“現在”への求愛」と同質的なものなのかもしれない。

　だとするならば、『絶歌』の執筆構想の心情的な起源は佐川氏にあるのだろう。

■謎3 公式HPに書かれた連絡先の意味

　実は、コンテンツはもうひとつある。「メール」だ。そこには、メールアドレスが書かれている。メールアドレスは「carrier（使者）」と「pigeon（鳩）」と、「a（元少年Aの意味か？）」の組み合わせだ。「平和の使者・鳩」である「元少年A」ということなのだろうか。このメールアドレス公開で、多くの人からメールが届いていることだろう。現時点では唯一の、直接的なコミュケーション手段だ。私も取材依頼をメールで出してみたが、現時点で返信はない。誰か返信がきた人はいるのだろうか？

　「平和の使者・鳩」からの連絡をしばし待ちつつ、彼が一体何の目的でこれから何をするつもりなのか、引き続き考えてみたい。
（渋井哲也／ジャーナリスト）