「カメをレイプして泣きながら食べた」元日本兵が語る南方戦線のヤバすぎる実態

【日本奇習紀行 番外編】第二次世界大戦 南方戦線

「カメをレイプして泣きながら食べた」元日本兵が語る南方戦線のヤバすぎる実態の画像1画像は「Wikipedia」より引用

 かつて太平洋戦争中、旧日本軍はある意味、身の丈を越える形で南方へとその戦線を拡大した。その後、伸びきった兵站を断ち切られた旧日本軍は、急速に追い込まれ、結果としてガダルカナル島をはじめ、南方の孤島で多くの兵士たちが命を落とすこととなる。そうした過酷な戦場において、動物たちは兵士たちの命と想いを繋ぐ大切な戦友であった。

 今を遡ること約80年前の冬のある朝、南方のある島でその任に着いていたという元兵士・田中力作さん(92)は、そのときに見た光景と抱いた想いを、未だに忘れることができないのだという。


「それはもう大変な毎日でしてね、よくね、生き地獄だのなんだのというけれども、そんなもんじゃなかったですよ。けども、人間ていうのは怖いもので、それが続くと慣れてしまうものなんです。

 泥水啜っても旨いと感じるし、腕を撃ちぬかれても命があれば助かったって安心するし、なんだかよくわからん肉の塊を食ったって、口にできるというだけで幸せな気持ちになってしまう。そんな毎日でしたよ」


 攻撃と防戦の区別もなく、ただただジャングルの中でさまよい続け、敵兵に怯え続けるだけの毎日。気を抜いたら死ぬ、足を止めても死ぬ、その場に留まっていてもいつかは死ぬ。そんな状況の中で、田中さんたちは生き延びてきた。しかし、そんなある日、敵兵の気配が消えた不思議な時期があったという。

「ちょうど作戦の転換にあたったのか、それとも自分らみたいな生き残りなぞもういないとふんで追討の手が止んだのかは知りませんけどね、1カ月近く、静かな時があったんです。その頃はもう我々も6人ばかしになってましてね。疲れきってしまい、もういいやっていう気持ちになっていたというのもあるんでしょうけど、小さな入り江が近くにある林をね、しばらく拠点にすることになったんですよ」

 つかの間の休息に、泥のようにしばらく眠った後、彼らは水や食料の調達に動いた。幸いにして水は近くに湧き水を見つけたため確保でき、食料についても、不思議なくらい木の実や果物があったという。

「山中っていうね、たしか青森のやつなんだけども、そいつがどこからともなく海亀を捕まえてきましたね。これはご馳走だっていう話で、さあ、どうやって食べようっていう話になったんですけども、話には聞くけど、その中には亀を食べたことのあるやつなんていなくてね。

 そうこうしているうちになんだか不思議と情が沸いてしまって、食べずに飼うことになったんです。食うや食わずなのにおかしな話でしょう? きっと、自分ら以外のものに会えたっていうのがうれしかったのかもしれません」


 その日を境に始まった田中さんら日本兵と海亀の、なんとも奇妙な共同生活。それは密林の中を逃げ惑い、生死の境をさまよった彼らが、久しぶりに取り戻した人間らしい時間でもあった。だが、そんな人間らしい時間と感覚を取り戻した彼らの中には、それまですっかり忘れていたある感覚が生まれていくこととなる。

「性欲っていうんですかね。そういう感覚がそれぞれに戻ってきてしまったんですよ。逆に言えば、それだけ生きるということに対する感覚が、一時的であったにせよ、元に戻りつつあったっていうことなんじゃないかって思いますけどね。それで結局、その亀を相手に、かわりばんこで…ね?」

 田中さんは詳しくは語らなかったものの、どうやら彼らは亀の排泄器官に性器を挿入する行為、すなわち、亀をオナホールのような形で使うことで、自らの性欲を満たしていたようだ。だが、そんな彼らと亀の交歓も、再び忍び寄る戦火によって、すぐさま終わりを告げることとなってしまう。

「しばらく静かな暮らしが続いていたんですけども、また偵察機が飛ぶようになってきましてね。これはそう長く留まってもいられないっていうことになったんです。それで。亀を連れていくわけにはいかないから海へ戻そうとかっていう話になっていたんですけども、今度はいつまともなものが食べられるかわかりゃしないものですから、結局、栄養をとらなきゃいけないっていうんで、亀をバラして食べようって誰かが言い出して…。

 でも、それまでさんざっぱら、自分たちは亀にお世話になっているわけだから、その心境っていうのは、とても言葉じゃ言い表せないものですよ…。結局、魚屋の見習い経験があるっていう山本ってのが、亀を解体して鍋にしてくれたんだけども、みんな、箸をつけて口に運びながら泣くんです。さめざめと泣く。あれから何十年も生きてね、私もいろんな鍋を食べてきたけども、あれほどまでに悲しい鍋の味はなかったですよ」

 過酷な戦場での毎日につかの間の安らぎを与え、内地で待つ妻の代わりに抱いた「恋人」の肉を、無言で口にしながら涙する男たち。田中さんたちにとって、冬の日に食べたその鍋の味は、その生涯、忘れえぬものであったに違いない。

 内地でも食うや食わずの状態が続いていた当時の世相において、敵兵と絶えず対峙するという状況下に置かれていた田中さんら兵士たち。それこそ、同胞たちの死肉を啄ばみ、その血を啜ることで、辛うじて生きながらえてきたという経緯がある。無論、現代の世に暮らす我々日本人の多くは無想だにできない状況であるが、その死を目前に控えた田中さんにとっては、そんな我々であっても、いや、そうであるからこそ、伝えたい想いであったのかもしれない。

※平成27年11月27日、田中力作さん(92)は永眠されました。ご冥福をお祈りします。

(文=戸叶和男)

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