元少年Aの本名特定に加担した元祖暴露メディアは産経新聞?文春・突撃取材以前の知られざる珍事

 経緯はこうだ。事件直後に、複数の掲示板で少年Aの本名が書き込まれていた。だが、いずれもソースはあやふやなままであった。中には、書き込まれた苗字を持つ神戸市須磨区の住民をリストアップ(ソースは電話帳だろうか)する途方もない作業も行われたという。

 その後、6月30日の産経新聞の夕刊および、同社のホームページのネットニュースにおいて、掲示板の詳細な情報が報じられる。当該記事では“問題の掲示板は、米国のインターネット接続会社に設けられている。東京に本拠を置くインターネット接続会社の会員が設けたこの事件を扱うホームページから簡単に接続が可能で、インターネット利用者ならだれでも見たり、自由に書き込むことができる。”と記されていた。プロバイダをインターネット接続会社と書くあたりに時代を感じる。

 この報道から、ユーザーは少年Aの本名が書き込まれた掲示板を特定してしまう。結果的に産経新聞が少年Aの本名特定に加担してしまったのだ。断片的でも複数の情報を組み合わせれば、別の情報が浮かび上がることはネット社会では自明である。当時は新聞社はネット情報の取扱いには慣れていなかったのだろう。この事件はネット草創期に起こった“珍事”とも言える。

『神戸社会でわかったニッポン』では、学校教育、無機質なニュータウン、犯行声明文の文学性、匿名性の高い少年法をめぐる問題、劇場化する報道、サブカルチャーは悪なのかといった多角的な観点から酒鬼薔薇事件が論じられている。寄稿者の中に小田晋(精神科医)、遠藤誠(弁護士)、朝倉喬司(作家)、河上和雄(元検察官)、南博(社会心理学者)など物故者がいるのも時の隔たりを感じさせる。

 それでもなお、約20年目の少年Aの居場所に熱狂してしまうのは、社会が成熟していないのか、“暴露”を求める人間の業なのか。『週刊文春』の記事では突撃取材から数日後、少年Aは街を離れたとされる。次の居場所をめぐって報道合戦が繰り広げられることは想像に難くない。
(王城つぐ/メディア文化史研究)

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