麻酔なしで信者全員去勢、乳首と女性器も切除 ― ロシア、恐るべき異端の宗教「スコプツィ」とは?
■100歳まで生き延びた教祖・セリワノフ
教祖であるセリワノフは自分自身もまた1770年頃に去勢を行い、自身を「キリストの再来」と名乗るとともに、ロシア帝国皇帝エカテリーナ2世の夫、ピョートル3世であるとも自称していた。(ピョートル3世は1762年に皇帝に即位したが、わずか半年後に34歳という若さで暗殺されている。)ピョートル3世が農民層に人気のあったこと、また性的不能者であった(と言われている)ことが、彼をそうさせたとされている。
スコプツィの拡大を恐れたロシア帝国政府によって彼は1775年に捕えられ、その後の20年あまりをシベリアのネルチンスクで過ごすこととなる。しかしシベリアでも彼は布教活動を続け、この間に100人以上の信者を去勢したと言われている。19世紀に入り、神秘主義的な傾向のあるアレクサンドル1世の治世になるとセリワノフは解放され、首都のペテルブルクに戻り、信者の1人が建てた屋敷に住んでそこに巡礼者を迎え、布教活動を続けた。やがてスコプツィの信者は農民だけでなく富裕な商人や官吏・軍人にまで広まり、事態を放置できなくなったロシア帝国政府は、セリワノフを再び監獄に幽閉する。しかしその後も1832年に100歳で亡くなるまでセリワノフは獄中において布教を続けた。
スコプツィの教義によると「白鳩」、すなわち完全に去勢された信徒の数が14万4000人になった時、キリストが降臨し、スコプツィの王国ができるという。(セリワノフがシベリアに流刑されていた時期、去勢者の数が14万4000人になった時、彼がシベリアからモスクワにやって来てツァーの鐘を鳴らし、それによってキリストが降臨し、スコプツィの王国が誕生するということを、信者達は信じていた。)
この14万4000という数字は新約聖書の最後、「ヨハネ黙示録」第14章に書かれている「14万4000人の人々が子羊とともにおり、その額に子羊の名とその父の名が書かれていた。彼らは女に触れたことのない者である。彼らは純潔なものである。彼らは、神と子羊とに捧げられる初穂として、人間の中からあがなわれた者である。」という言葉を根拠としたものであり、つまるところスコプツィは、ここに言う「人間の中からあがなわれた」「純潔なもの」になるために去勢するということをその教義としているのであるが、しかし去勢することで「純潔者」となるというようなことはむろん、聖書のどこを読んでも書いてはおらず、またそもそも先に取り上げた「マタイによる福音書」に書かれている「生まれながらの独身者」を「性的不能者」と解するのも全くの曲解であり、こうした聖書の歪んだ解釈が、この宗教を異端たらしめていると言えるだろう。
セリワノフの死後、信徒達の多くは捕えられてシベリアに流刑となったが、1874年の段階でも1465人の女性を含む5444人の信徒が確認され、うち703人の男性と100人の女性が去勢していたという。信徒の多くは弾圧を逃れるために国外へ移住し、特にルーマニアやフィンランドに多くが移住した。
■現存するスコプツィ教徒
一方ロシア国内においても信仰は継続され、「宗教は民衆の阿片」と断じた社会主義革命の後のソビエト体制下でも、その信仰はけっして途絶えることはなかった。1930年代には約2000人のスコプツィ教徒がソ連国内にいたと言われている。ソビエト政府は宗教の害悪を強調するためにスコプツィ教徒の狂信性を殊更強調し、スターリンは多くのスコプツィ教徒を捕えて処刑したと言われているが、それでもすでに100年以上に及ぶ国家権力による弾圧の中で信仰を秘匿する術を身に着けた信徒達は、そうした圧政の下でも信仰を保持し続けた。現在でもロシア国内の一部地域では、子供を産んだのちに去勢することで、スコプツィの教義を実践している集落がごく少数ではあるが、存在するという。
このような特異で過激な教義を持つ宗教があくまで一部の人間であるとはいえ多くのものに受け入れられ、度重なる弾圧や革命そして戦争や圧政をも潜り抜けて今日まで200年以上、その信仰が保持され続けているという事実は特筆に値する。
それはこうした異端の宗教を受容する素地がロシアの民衆に存在したということを意味するものであり、そこにはこのロシアという国が他に類を見ないほど多くの戦争や動乱、そして国家権力による弾圧によって多くの人命が犠牲になって来たことや、ツンドラをはじめとする苛酷な自然環境の中で生き抜くことをロシアの民衆が運命づけられて来たこととけっして無関係ではないだろう。
筆者は足掛け2年あまりモスクワで生活していたが、その期間に筆者の出会ったロシア人達は、みなこの「スコプツィ」のことをよく知っていた。そのことは異端でありながらもあくまで国家権力に歯向かい続け、200年以上にわたってその信仰を保持し続けたこの宗教が民衆史として、ロシア人の記憶にしっかりと刻み込まれていることを示すものであると捉えてよいだろう。
(文=樹海進/ロシア研究家)
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