擬人化の歴史は古代にまでさかのぼる?現代の萌えキャラに至るまでの歴史的変遷とは?/インタビュー
――その他にも特徴的な作品はありますか?
伊藤 今申し上げたふたつの物語は文章がメインでしたので、読むあるいは聞いて楽しむものですが、それとは別に絵巻物の文化が発展していきました。それまではキャラクターのイメージは人それぞれでしたが、絵巻物に具体的に描かれることで視覚的なイメージが固定されていきました。
たとえば『十二類絵巻』という1400年初頭の絵巻物。十二類とは十二支を指し、十二支の動物たちと、それ以外のたぬきを筆頭とする動物たちの合戦物語です。ここに描かれている動物たちは、頭だけは馬や蛇、虎なのですが、首から下は人間という擬人化されたキャラクターです。これ以降、このような姿形をした、擬人化されたキャラクターが類型化され絵巻物群では描かれていくことになります。そして、近世に入ると、絵巻物だけでなく、浮世絵や草双紙などでも擬人化されたキャラクターが同じような姿形で描かれていくことになります。
こういった点を考えると、物語としても絵画的にも中世後期はひとつの出発点として考えていいいのでしょうね。
――中世後期に擬人化された動物の物語が増えたり、絵巻物の登場によりキャラクターイメージが固定化されたとのことですが、どうしてこの時期に増えていったのでしょうか?
伊藤 まず思想的な面でいえば、この時期に「草木国土悉皆成仏」という思想が広まっていきます。本来、草木に魂はありませんが、人間以外のそうしたものであっても仏に導かれ、往生するんだという教えです。この思想を具体的に物語として示すために、植物が擬人化されました。
また、中世後期の物語では恋愛や合戦で敗者となり、最終的には出家するというオチになるものが多いんです。出家をする発端、つまり世俗的な世を捨てる動機は、失恋や戦いに敗れるなどさまざまですが、つまりは動物も魚も草木も人間と同じように、そういう経験を経て出家することを説明しているんです。
妖怪絵巻の代表的なもののひとつとして、『付喪神絵巻』という作品があります。これは捨てられた鍋や釜などの器物が妖怪化し、人間を襲い出す絵巻物なんですが、最終的には護法童子に調伏され、仏に帰依します。この『付喪神絵巻』は器物でさえも仏道修行に励めば仏になれるから、人間も仏道修行に懸命に励みなさいという教えを説くために使われ、広く世の中に広まっていきました。
――人間以外のものを擬人化し、極楽浄土へ行くための教えを説く側面があったんですね。では当時、こうした物語はどんな人たちが読んでいたのでしょうか?
伊藤 『十二類絵巻』や『鴉鷺合戦物語』『精進魚類物語』が登場した中世後期には、主にお公家さんが、皇族や宮中に仕える女性たちに語って聞かせていたことが記録から確認できます。現代の我々からすると、擬人化された動物や植物の物語と聞くと、子ども向けと考えがちですが、その頃にはやんごとなき位の人たちから下々まで、老若男女問わず受容していたのでしょう。
やがて、江戸時代になると出版が商業化されます。それと同時に、子どもをターゲットにしたもの、女性をターゲットにしたもの、武家をターゲットにしたものと読者のターゲット層を絞り、書物が販売され始めます。そうなると、これまで老若男女が読んでいた擬人化された動物たちの物語は、子ども向けにターゲットが絞られていきました。こうした子ども向けの本を赤本といいます。
ただ、今の漫画雑誌も「少年〇〇」というタイトルがついていますが、少年だった世代が大人になっても読む需要に応えられるように、青年向けの漫画を掲載していますよね。当時も同じように子ども向けの赤本が大人向けに絵柄や内容を変え、大人でないとわからないような笑いを加えた読み物が刊行されるようになります。他にも絵が中心で、余白に物語やセリフを事細かに書き入れていく、今で言うところの漫画の走りのような黒本・青本や黄表紙と呼ばれるジャンルの作品も刊行され、これらの作者を戯作者(げさくしゃ)と呼びました。
(取材=本多カツヒロ)
伊藤慎吾(いとう・しんご)
1972年埼玉県生まれ。國學院大學非常勤講師。
専門は、物語研究、室町文化史、キャラクター文化論。
著書に『室町戦国期の文芸とその展開』(三弥井書店)、『室町戦国期の公家社会と文事』(同)などがある。
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