トラウマの「封印」がもうすぐ可能になる!! 記憶の“タグづけ”を操作する「シナプティック・タギング仮説」に戦慄

■郵便ポストを見るたびにトラウマがよみがえる

 例えば海外旅行で、とある街を初めて訪れた際、「治安が悪いため旅行者は立ち入らないように」とガイドブックで忠告されている区画に興味本位で入ってしまったとする。

 それでも大通りを歩いている限りは何事も起らなかったが、あなたは目的地への近道になりそうな薄暗い裏路地を発見した。これまで何もなかったことから、すっかり警戒心も薄れたあなたは裏路地に足を踏み入れるが、街の無法者に囲まれて人生で初めて金品を強奪されるというトラウマ的体験をすることになったら?

 ギャングたちに金品を奪われている間、その近くにあった郵便ポストの存在をはっきりと憶えていた場合、帰国してからも「郵便ポスト」を見るたびにこの時の恐ろしい体験がよみがえってくるかもしれない。この郵便ポストの記憶こそが付随的記憶である。この付随的記憶があるために、海外で金品を強奪された体験がほかの記憶よりも頻繁に呼び起こされ、記憶が強化されるとともに、場合によってはトラウマになってしまうのだ。

 とすれば、もしこの付随的記憶を取り除くことさえできれば、トラウマになりそうな強烈な体験を何度も思い出さずに済むことになる。はたして、この付随的記憶を脳から取り除くことができるのだろうか?


■特定のタンパク質の生産を制御して記憶を“封印”できる?

 研究チームはアメフラシの2つの知覚ニューロンを、1本の運動ニューロンに接続した。

トラウマの「封印」がもうすぐ可能になる!! 記憶のタグづけを操作する「シナプティック・タギング仮説」に戦慄の画像3赤く染められたのが運動ニューロンで上下に知覚ニューロン 「Futurism」の記事より

 知覚ニューロンAはトラウマとなり得る強烈な体験である連想記憶を体現しており、知覚ニューロンBはその記憶を思い出すきっかけになる付随的記憶を体現している。

 そしてこの3本のニューロンが、それぞれの結びつきを強めるために、2つの異なるタンパク質を分泌していることがわかった。知覚ニューロンAは「PKM Apl III」、知覚ニューロンBは「PKM Apl I」を用いていることがわかったのだ。ということは、「PKM Apl I」の分泌が抑制できれば、付随的記憶を休止状態にできる可能性があることになる。正確には記憶を消すということにはならないが、薬剤などを投与することで、この特定のタンパク質の生産を制御し、記憶を“封印”できることになる。

 もちろん実験はアメフラシの神経細胞を使うレベルのものであり、これが人間の脳に適応されるか判断するには、今後さらに研究が念入りに続けられなければならない。しかし、脳機能を低下させない方法で特定の記憶だけ封印できるとすれば、人生がいろいろと楽になるかもしれない。今後の研究が期待される分野であることは間違いないだろう。

参考:「Futurism」、ほか

文=仲田しんじ

場末の酒場の片隅を好む都会の孤独な思索者でフリーライター。
興味本位で考察と執筆の範囲を拡大中。
ツイッター @nakata66shinji

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