あの子はひとりぼっちだった ― 少年の“死に方”を決めた“異常な遊び”と謎の幽霊【最恐・実話怪談】

作家・川奈まり子の連載「情ノ奇譚」――恨み、妬み、嫉妬、性愛、恋慕…これまで取材した“実話怪談”の中から霊界と現世の間で渦巻く情念にまつわるエピソードを紹介する。

 

【八】あの子はひとりぼっちだった

 2001年11月、群馬県某所で暴走族同士の乱闘騒ぎがあり、このとき1人の少年がナイフで刺されて死亡した。

 被害者と加害者は、それぞれ異なる暴走族に属し、チーム同士が対立していたことから、警察はこの事件は暴走族の縄張り争いが発端であると発表し、新聞やテレビでもそのように報道された。

 翌年行われた裁判では、被告少年の弁護士は、被害者が被告を卑怯者呼ばわりするなどして挑発したことが犯行の原因であると主張。衝動的に刺した結果死んでしまったのだ、と、不運な事故であるかのごとく抗弁した。

 当時の新聞や雑誌を探し出して事件の詳細を改めて読んでみると、事故扱いにするには犯行の残虐性が気になった。まずナイフでひと突きして、被害者が倒れると馬乗りになり、集中的に左胸を繰り返し何回もナイフで突き刺した挙句、2リットルも出血させて死に至らしめたのだという。

 しかし同時に、たしかに弁護側の言うように、計画性を見出すのが難しい事件だとも思った。

 この殺人は、総勢約50名の少年たちの大乱闘の真っ最中に起きた。約50人全員が殺害現場に居合わせ、また、その多くがナイフなどの凶器を所持していたのである。

 この状況では、被告少年がとくに被害者だけを殺害する目的で凶器を準備していたとは考えにくい。仲間にならって自分も武器を用意したに過ぎないだろう。被害者の口汚い挑発を聞いていた者も敵味方限らず大勢いた。誰が殺人者になっても不思議ではなく、むしろ1人しか死ななかったことが奇跡のようですらある。

 倒れた被害者を執拗に刺しつづけたことも、頭に血がのぼった結果だと思えば、「暴走族に入っている不良少年なのだから、やりかねない」と、つい、納得してしまいそうだ。

 しかし、それは偏見というものだ。今回、私は自分の心に巣食う、こうした常識人ぶった偏見を検めることにした。この事件の被害者が登場する体験談が寄せられ、体験者さんを取材した結果、反省したのである。

 この体験談を寄せてくれた畑山里香さんも、2001年に事件が初めて報道されたときは、殺害現場が生活圏内だったことは怖いと思ったが、それ以外には特にこれといって感想を持たなかったそうだ。

 里香さんは事件当時、自宅通学する20歳の大学生であり、暴走族などとは無縁の、至って穏やかな生活を送っていた。彼女が家族と共に暮らす地域は治安が良い文教地区で、一戸建ての家が立ち並ぶ住宅街が広がっている。事件が起きた場所は、この辺りの住民がよく利用する商業施設の一角だった。住宅街からは5キロほど離れているが、車で10分程度の距離だ。

 群馬県内の自家用車保有台数は全国一位(2017年度)。里香さんも自動車免許を持ち、車でこの商業施設を訪れたことはあった。しかし閉店後の駐車場が暴走族のたまり場になっているという噂があり、夜間はなるべく近づかないようにしていた。だから、事件が起きると、用心してきて正解だったと改めて思った。

 近所で起きたとはいえ、暴走族の世界や殺人事件との心理的な距離が縮まることはなかったのだ。そのまま何事もなければ、彼女はこんな事件のことなど、とうに忘れていただろう。

 ところが、事件後しばらくして、里香さんのもとに、近所の幼馴染、石川義也さんからこんな電話が掛かってきたのだった。

「こないだ近所で暴走族同士の殺人事件があったよね。殺された方の名前がテレビや新聞に出たけど、憶えてる?」

 里香さんは、うろ覚えだったが、被害者の名前を口にした。仮にここではその名を「佐藤健一」としておく。

 石川さん――いや、ここからは里香さんの呼び方にならうことにしよう――義也くんは、里香さんの答えを聞くと、「その佐藤健一が、小4のとき僕たちのクラスに転校してきた高橋健一くんだったんだよ!」と言った。

 ――ぬいぐるみの胸に刃を振りおろしていた、あの高橋くん。

 瞬時に厭な記憶がよみがえり、里香さんは気分が悪くなった。

「それ、間違いないの?」

「うん。しかも犯人は高橋くんの腹違いの弟だということだよ。少年だから氏名は公表されていないけど、そうなんだって」

 聞けば、彼の友人に高橋くんが所属していた暴走族の関係者がいて、その人から直接聞いた情報だから間違いないということだった。

「僕らと同世代の男の間では、高橋くんと義理の弟の家庭事情は、ずいぶん前から知られていたんだ。僕もそんなものだけど、この辺の男には、兄弟や先輩や同級生が暴走族にいるヤツが多いし、高橋くんの家にまつわる話は痴情がらみだったから、よくネタにされていた。それに僕は高橋くんの腹違いの弟とそのお母さんに偶然会ったことがあって、そのときも、高橋くんについていろいろ聞かされた」

 里香さんは少々ショックを受けた。義也くんとは小中ずっと学校が同じで、長じてからも異性であることを意識しない兄妹のような友情をつむいできたつもりだったのだ。

「なんで話してくれなかったの? 私、ちっとも知らなかった」

「なんでって。畑山さんにはわかるだろ? 僕だって知りたくなかったよ! だって、あのときのこと思い出しちゃうじゃないか!」

「あのとき?」

 ――高橋くんが「おまえらも、やれよ」と言ったとき。

「うん。あのときだよ。事件をニュースで知ってから苦しかった。誰かに話したかったけど、あそこに居合わせたのは畑山さんだけだから、僕が感じてる怖さを理解できるのは畑山さんしかいないって思った。

 彼のあの死に方……。高橋くんは自分のぬいぐるみと同じことになって死んだわけだよね? 畑山さんは、偶然だと思う? あれは僕たちが小4の夏休み前だったね」

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