あの子はひとりぼっちだった ― 少年の“死に方”を決めた“異常な遊び”と謎の幽霊【最恐・実話怪談】

 その頃、里香さんと義也くんは小学校4年生で、共に学級委員だった。2人は1学期の初め頃にクラス担任の先生に呼ばれて、4月に転入してきた高橋くんのことを気にかけてやるように言われていた。

 しかし高橋くんは暗い目をした気難しい少年で、話しかけても無視したり、ぶっきらぼうな一言のみ返して黙りこくったり。遊びに誘っても断られるので、里香さんたちは間もなく匙を投げた。

 もしも高橋くんが魅力的な雰囲気を纏った少年だったら、学級委員が頑張るまでもなく、積極的に接近を試みる子がいたかもしれない。だが、残念ながら彼は表情の変化が乏しくて、いつもなんとなく怒っているような気配を漂わせていた。また、不健康に痩せていて、服や体操着がいつも薄汚れていた。

 高橋くんは、友だちができないまま、次第に学校を休みがちになり、5月の連休明けからは不登校に近い状態になってしまった。

 里香さんと義也くんの学校では、欠席者に「学校だより」などの配布物を持っていくのは、学級委員の役目だとされていた。

 そこで、里香さんと義也くんは連れ立って、担任教師から教えてもらった住所と地図をたよりに、高橋くんの家を度々訪ねていくことになった。

 学校でみんなに配られたのと同じプリントを高橋くんに手渡すだけだから、最初のうちは簡単だった。本来、1人で事足りる用事だ。それぞれの習い事の都合により、里香さんだけ、または義也くんだけで高橋くんの家を訪ねていったこともあった。いつも、インターフォンを鳴らすと高橋くんは玄関の外に出てきて、素直にプリントを受け取ってくれた。

 しかし夏休みの宿題や自由研究については、ただ高橋くんに手渡すだけではなく、宿題の範囲ややり方を説明しないわけにはいかなかった。おまけに、学校に置きっぱなしになっていた高橋くんのピアニカや習字道具も持っていくことになったので、2人で協力し合う必要が生じた。

「夏休み前に担任の先生から頼まれたときは、先生がやればいいのにと思いました。でも先生は、高橋くんのお父さんに面談を申し込んだり、家庭訪問しようとしたりしたけれど、断られてしまったんですって。それに、先生じゃなくて、クラスメートの私たちが行った方が高橋くんは喜ぶだろうって……」

 仕方なく、里香さんと義也くんは、7月下旬のその日、高橋くんの持ち物や夏休みの宿題ワークブックの束を抱えて、彼の家を訪問した。

 そして、荷物の量や大汗をかいてフーフー言っている2人のようすを見たせいだろうか、この日初めて、高橋くんが「上がれよ」と言った。

 高橋くんの家は、当時は珍しくなかった公営の一戸建て住宅で、間取りは2DKの平屋だった。ごく小さな家だが、入居して半年に満たないこともあり、外観には荒んだ印象はなかった。

 けれども、中に招じ入れられると、里香さんと義也くんはすぐにこの家の異常さに気がついた。

 家具が、無い。

 テーブルも椅子も、ベッドも本棚も、カーテンすら、無い。

 冷蔵庫、扇風機、テレビといった家電も、一切無い。

 布団も座布団も見当たらず、高橋くんのランドセルと教科書やノートが壁際の床にじかに並べられていた。

 殺風景というレベルではない。生活感が皆無で、室内にうっすらと高橋くんの体臭が漂っていなかったら、空き家かと思ってしまうところだ。

 高橋くんは、唖然としている2人を置いて、ずんずん部屋の奥に歩いていった。背中を向けて床に胡坐をかくと、目の前の床に置いた何かを小刻みに叩くようなしぐさをしはじめる。

「何してるの?」

 里香さんが問いかけると、高橋くんは動作を止めて、「遊び」と答えたが、すぐに再び何かの作業に集中しだした。

「おい!」と義也くんが言った。彼は優しい性格で、めったに声を荒げることなどないのだが、珍しく苛立っているようだった。炎天下を歩いてきたというのに、高橋くんの家が蒸し風呂のように暑かったせいかもしれない。

「こっちを向けよ! 宿題の説明をしてやれって先生に言われてるんだよ! さっきからいったい、何してんだよ!?」

 するとようやく、高橋くんは動いた。

 尻を軸にしてクルッと回り、里香さんと義也さんの方を胡坐をかいたまま体ごと振り向いて、

「だからぁ、遊びだよ! ずっとこれで遊んでたんだ。おまえらもやれよ。ストレス発散できるよ!」

 ぬいぐるみと大型のカッターナイフを持った両手を高く掲げてみせた。

「あのときの高橋くんの顔は今でも忘れられません。笑顔……だったと思います。でも目がイッちゃってて、ゾッとしました。それに、ぬいぐるみが、もう本当にズタズタで。さっきまでの高橋くんの動きを思い返すと、何分か、それとも何時間かわからないけど、とにかく長い時間をかけて、しつこくグサグサ突き刺していたことが明らかでした。

 たぶん私は悲鳴をあげたんじゃないかと思います。怖かったから」

 身震いしている里香さんに、私は「何のぬいぐるみでしたか?」と訊ねた。

「たぶんクマだと思います。布製で綿のつまった、頭から足の先までで30センチくらいの。男の子があんなもので遊ぶのは2、3歳とか、せいぜい4、5歳までだと思うんですけど、そのぬいぐるみは色が褪せていて古そうでした」

「じゃあ、高橋くんが小さな頃に買ってもらった物かもしれませんね?」

「そう思います。その後すぐに、義也くんが黙って窓を顎でさし示したので見たら、外にぬいぐるみや塩ビで出来た怪獣やお人形がいっぱい転がっていて……どれも同じように古そうで、全部ズタズタに切り裂かれていました」

 カーテンの無い掃き出し窓のガラスの向こうに、物干し台を置いたらいっぱいになってしまいそうなささやかな庭があった。その地面をおびただしいぬいぐるみや人形が覆いつくしていた。真夏の日差しに傷を焙られながら。

「……宿題の説明どころではなくて、私たち、すぐに逃げ出してしまいました」

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