最高裁が「幻のビートルズ映像」を封印した“トンでもない”理由とは? 日本の大物政治家の醜態が映っているという噂!?

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1811beatles-2.jpg画像は「Getty Images」より引用

 そして、どうやらビートルズの来日の際にも有力政治家による公私混同があったようなのだ。厳重な警戒が敷かれたホテルのロビーで、何人かの政治家が家族や愛人と一緒に、ビートルズに挨拶をしてサインをねだる……。その様子がフィルムに残っているというのだ。

 とはいえ、権力者の公私混同が当たり前だった時代だ。警察が政治家にその程度の配慮をしたからといって、ひた隠すほどの問題ではないと思われるかもしれない。ところがこの出来事はある世界的な大事件につながってしまう。日本を離れ、次の予定地であるフィリピンを訪れたビートルズが遭遇したフィリピン事件(1966年7月4日)である。

 当時、独裁政権下にあったフィリピンでの公演の際、地元プロモーターはビートルズにコンサートとは別に、イメルダ・マルコス大統領夫人が宮殿に集めた子どもたちの前で歌を歌うように要請していた。しかしビートルズはその依頼を丁重に断った。理由はビートルズたちが「自分たちが政治利用されるのはもう嫌だ」と主張したからだ。

 しかし、そこで問題が起きた。地元のイベントプロデューサーは答がNOであるという返事を、巨大な権力者であるイメルダ夫人に伝えることができなかったのだ。そしてビートルズが来ないということを知らされないまま、マラカニアン宮殿ではイメルダ大統領夫人たち幹部が待ち続けていた。

1811beatles-3.jpgマラカニアン宮殿。画像は「Wikipedia」より引用

 やがてビートルズにすっぽかされたと嘘を聞かされたイメルダ夫人は激怒し、その場でテレビカメラに向かいビートルズを口汚くののしった。フィリピンの新聞は一斉にこのことを悪く書きたてて、コンサート翌朝にはビートルズはメディアからフィリピンの敵に認定されてしまった。

 その後のビートルズ一行は、空港で数百名の暴徒に囲まれて殴られながら命からがらフィリピンを脱出することになる。これが世に言うフィリピン事件である。今はフィリピン事件はマルコス政権の負の遺産と言われているが、もしその原因が直前の日本の政治家の公私混同が引き金になったと判明すれば、世界的なニュースとなる可能性がある。

 それで、例のフィルムのどの箇所が問題なのか。永田町の事情通に語ってもらうと、「政治家の祖父に連れられて山王のヒルトンのロビーでビートルズと握手してもらって小躍りしている半ズボンの小学生。あの子がいまや大物政治家だということが一番の大問題なんです。」ということなのである。
(文/ホラッチェ)
フューチャリスト。近未来の経済分析が得意。ただしその分析の大半はホラだと周囲に思われている。

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