■神に仕えて写真を撮っている
――芸術には、国や地域のアイデンティティを表現し、伝えるツールとしての側面があると思うのですが、これからの台湾のアイデンティティを育み、内外に伝えていくうえで、林さんの世代は重要な役割を担っていると考えています。そのさいに写真、あるいは写真家にできることは何でしょう?
林 大きな問いですね(笑)。正直な話、私には国家的な使命感はありません。神に対しての使命感はありますが。
――総統府写真官の答えとしては意外です(笑)。もちろん「アーティストとしては」ということだと思いますが。
林 先に、教会に入って洗礼を受けてから急に自分の写真が撮れるようになったと言いましたね。それは同時に、急に撮れなくなることもあるということ。急に与えられたものは急になくなる可能性がありますから。
――わかる気がします。
林 私のこの能力は撮影対象、今回の作品については蔡総統になるわけですが、彼女が与えてくれたものではありません。写真官の仕事はあくまで生計を立てるため、という思いが自分の中に明確にあって、それが永続的でないことは覚悟しています。一方で、写真を撮り続けられるかどうかということについては、最終的には神のご意志、ご加護にある。だからこそ神に仕えていると言ったのです。
――なるほど、そういうことだったのですね。
林 そうは言っても、私も一台湾人です。台湾におけるアートフォトを担うニュージェネレーションはこの2年で大きく変わってきました。
――どういうことでしょうか?
林 私個人の見解ですが、これまで台湾の写真は日本の写真の影響を大きく受けてきました。たとえば、直感的で内省的なスナップ写真がその一例です。ジャーナリズムサロン的な部分についても日本の影響が大きかった。ところが、アメリカ的な思想を学び、ヨーロッパ的な手法を身につけて帰国した若い写真家たちが台湾の風土にあった写真表現を模索し始め、全体の撹拌が起きているという状況がこの2年のダイナミズムとして現れています。
――面白いですね。
林 そんな台湾の写真界で私が担える小さな使命があるとするならば、私が今置かれている場所でしか撮れないものを撮ること。それが台湾の写真をより豊かなものにする一助になれば嬉しい。使命というのはちょっとオーバーで恥ずかしいですが、「こういう写真もアリじゃないか」という作品を提示することはできるかもしれません。
(文・渡邊浩行/モジラフ コーディネート、通訳・池田リリィ茜藍)
■作家プロフィール
林育良(リン・ユーリャン/MAKOTO LIN)
1977年台湾生まれ。写真家。中華民国総統府首席写真官。台湾DAPA撮影芸術協会常務理事。台湾高速鉄道で専属カメラマンを務めたのち、民進党党首だった蔡英文氏の専属写真官になる。2016年、蔡政権発足と同時に中華民国総統府首席写真官として招聘される。自身の職責を果たしながらも、既存のジャーナリズム写真の枠組みから離れた地平から、一国の元首である「総統」の持つ喚起力や多面的な解釈を最大限に引き出し、ドキュメンタリー写真のあり方を独自に模索している。2018年に、TIFA(日本)、IPA(アメリカ)、PX3(フランス)受賞作家となる。
※ 本記事の内容を無断で転載・動画化し、YouTubeやブログなどにアップロードすることを固く禁じます。