■暗闇の桜並木で感じた、自然との境界が曖昧になる感覚
ーー 新作では福島から北上、八戸、一関、遠野と、岩手や青森まで撮影地を広げていますね。
岩根 デコ屋敷での撮影が終わってから、北上に住む友人の編集者と一緒に、亡くなった共通の友人のお墓参りに岩手に行く予定だったんですね。彼と段取りを話していた時に「墓参りのついでに撮影の仕事をしてほしい」と頼まれて。ちょうど北上では、桜の名所である展勝地の桜並木が満開でした。
2kmも続く満開の桜並木の下を、夜、真っ暗な中で歩いていた時、獣の鳴き声がしたり、すごくいろんな気配を感じたんです。私たちの世界とその外側の世界の境界がどんどん曖昧になっていく感覚。 町中にあるから、遠くに街灯りが見えたりもするんだけれど、何か獣のようなものが通り過ぎる気配がしたり、聞いたことのない鳥の鳴き声がしたり。すごくワクワクしたんですよ。
ーー 話を聞いているだけでもゾクゾクします。
岩根 北上に着いてすぐ「鬼の館」があったり、鬼剣舞っていう伝統芸能もあるから、「呼ばれたな」って思いました。展勝地の桜並木の下を歩いた時に私が暗闇で感じたあの気配をどのように写真にしたらいいのか? という問いが、鬼剣舞の人たちの舞を撮る、自然を司る「鬼」を司る人たちを撮るということに繋がっていきました。
それで、この桜の下で鬼剣舞を撮りたいと思って、北上の岩崎新田鬼剣舞の方たちを紹介してもらって撮れることになりました。例年なら同じ桜並木で開催されるはずのイベントがコロナ禍で中止になっていたこともあって、みなさん、私の話に賛同して撮影に協力してくださったんです。
これがとにかく楽しくて。北に行けばまだ桜は咲いている、協力してくださる人がいればまだまだ撮れる、と思って、そこから一気に加速しました。
八戸に移動して、八戸の鮫地域には鮫神楽があって、「山の神」という神楽の舞を踊っていただいて、それを撮影したり。「鬼」と「桜」というところから入って、ここから鬼から離れていくんですけれど、暗闇の中で自然との境界に立つものを撮っていきました。
ーー 新作の写真展も写真集も、福島県富岡町、双葉町の避難区域の仕切りの外から撮った桜の写真で始まっていますね。
岩根 避難区域内の桜をずっと撮っていて、横山さんが言っていた「誰もいない桜」っていう言葉に出会って以来、「放射能のために誰も桜の下に行けない」っていうあの感じ。コロナ禍の今年は全国がそういう状況になったんだっていうことに、感覚的に強く気づけました。
ーー 鬼の面を被った橋本広司さんの写真はどこの桜ですか?
岩根 これは広司さんの家のそばにある桜。広司さんは桜の時期になると、ボランティアで自分の桜をライトアップするんですよ。三春には「滝桜」っていう有名な桜があるんだけれど、今年は自粛ムードでライトアップされてはいなかった。けれど、広司さんは「咲いてるから」って言って自分の桜に光を当てていたんです。誰も来なくても、桜の下で独りで踊ってたらしいですよ。広司さんにはそういうの、関係ないから。