■「あたらしい川」の先には希望しかない
ーー そのあたりの考え方の変化がタイトルにも表れているのでしょうね。
岩根 タイトルはすごく考えました。ヘラクレイトスというギリシャの哲学者の言葉で「同じ川には二度と入れない」というのがあるんです。「万物流転」と同じ意味なんですけれど、自分自身も毎秒変化していくし川の流れも毎秒違う、っていう。
私は『KIPUKA』で「現在・過去・未来を並列に考える」という視点を福島やハワイの人たちから学んだんです。盆唄が100年の時空を超えて伝わっていることとか、1周回って前の場所に戻ってくるパノラマカメラのシステムとか、そういったあれこれが同じように重要であり、同じように繋がっていると。だけど、この春から私の感じる時間の経過のしかたが、それ以前とは急激に変わってしまった。
もう未来しかない、ってことですよね。コロナ渦が象徴しているのもそういうことだと思う。もう、戻ってはいられないんだって、自分の気持ちの方向が変わってきた。それで、「目の前にある未来、今から先だけを指す時間の概念を表せる言葉はないだろうか?」ってすごく考えて、探していくうちにヘラクレイトスの言葉に出会った。その先にはもう未来しかないから。
ーー 写真集をあらためて見返すと、長時間露光のために揺らいで写った桜の写真が、川の流れのように見えてきます。遠野の清流を撮った写真もありましたね。ただ、1つ疑問だったのは、岩根さんの亡くなった妹さんの写った写真が入っていることでした。写真展ではスライドショーの形で展示していましたが。
岩根 私の実家は東中野の中央線の線路沿いにあって、線路の向こう川が桜並木で、春にはいつもその桜を見ていたんです。妹が死んだのはちょうど13年前の桜の時期でした。
この春、福島と岩手を行ったり来たりしていて、非常事態の真っ只中にあった東京都とは様子が違っていたと思うけれど、そういう状況の中で毎日桜を撮りに行き、桜のことばかり考えていた時にふと思い出したんですよ。妹が死んだ時はすごく辛くて、悲しくて、毎日彼女のことを考えていたけれど、1年目くらいだったかな? 妹のことを考えなかった日があって。その、彼女を忘れたことに気づいた日のことを思い出して、コロナ禍にあるこの時間のことも忘れるのかな? って思ったんです。そう思ったら当時の写真をすごく見たくなって。