昨年、TOCANAでインタビューした写真家・岩根愛さんが新作を発表した。東京都写真美術館では写真展「あたらしい川」を、あわせて写真集『A NEW RIVER』を刊行している。
日系ハワイ移民とそのルーツである福島を繋ぐBON-DANCE(ハワイで6月から9月にかけて行われる盆踊り)をテーマにした『KIPUKA』で第44回木村伊兵衛写真賞を受賞して2年、ある人の言葉をきっかけに、岩根さんは現代における「鬼」とは何かについて考え、撮影の準備をしてきたという。その出鼻を挫くように、全世界を襲ったコロナ禍。そこからプロジェクトは予想もつかない方向に展開して行った。
時代の大きな変わり目に直面した写真家は、何を見て、考え、撮ってきたのか? 岩根さんに話をうかがった。
■今年の春は「鬼」と「桜」を撮る予定だった
ーー 新作写真展『あたらしい川』と、写真集『A NEW RIVER』制作の経緯を教えてください。
岩根愛さん(以下、岩根) 木村伊兵衛写真賞を獲る以前に、東京都写真美術館から写真展の話はいただいていて、その時は『KIPUKA』のアップデート版を出展する予定でした。また、今年の4月は福島に滞在して撮影するつもりだったんです。
ーー 何を撮影する予定で?
岩根 TOCANAで紹介してもらった映画『盆唄』(中江裕二監督作品)が完成した時点で、次の春は「鬼」と「桜」をテーマに撮影したいと考えていたんです。『盆唄』の主人公である、福島県双葉町の太鼓奏者の横山久勝さんが、映画にも出てくる『さくら』っていう曲のすごく不規則なビートのことを「鬼の足音だ」と言っていて、横山さんに「鬼って何ですか?」って尋ねたら「放射能のことだ」と言っていたのがずっと引っかかっていて。
そこから「鬼ってなんだろう?」って、文献を読んだりしながらずっと考えていたんです。鬼って、人間世界と自然や異界との境界にいて、西洋で言うところ悪魔とは違い、完全な悪の象徴ではないんですよね。自然を司る者であったりもする。横山さんが放射能を鬼にたとえたということは、放射能を絶対悪として捉えるのではなく、自然の一部、「そこにあるもの」として、ともに生きていくと言っているような気がしたんです。
ーー 重い言葉ですね。
岩根 双葉町の横山さんにしか言えない言葉だと思いました。それで、今年の春は、まずは「鬼」と「桜」をテーマに、『KIPUKA』にも登場する福島県三春町の高柴デコ屋敷の人形職人で、ひょっとこ踊りの踊り手でもある橋本広司さんと桜を撮る計画を立てていました。同時に、鬼をテーマに撮っていくなら何ができるのか、文献を調べたり考えたりしていたんです。
ーー そこに新コロナのパンデミックが起きた。
岩根 でも、この春は絶対に福島に行くって決めていたから、お世話になっている地元の人に相談とお願いをして、緊急事態宣言が出る直前に福島入りしました。この桜の時期は絶対に逃したくなかったから。入ってからも14日間は誰にも会わずに自主隔離をして、隔離が明けてもまだ桜に間に合う時期だったから、広司さんを撮らせてもらいました。