■サッカーの原初形態に巻き込まれて
ーー各地の祭りを撮り始めたそもそものきっかけは?
甲斐:Shrove Tuesdayという作品がきっかけです。2012年にイングランドのShrovetide Footballという祭りを撮りに行きました。その時は祭りよりもフットボールに興味があって、フットボールの歴史、原風景を撮りに行こうという思いだけだったんですが、実際に行ったら自分の想像以上のものが撮れてしまって。
ーー「想像以上のもの」とは?
甲斐:人間の生々しさです。そこからはフットボールよりそっちに惹かれて。祭りには人間の根源的な部分が隠れているんじゃないかと思い始めたんです。
ーー「人間の根源的な部分」とは何でしょうか?
甲斐:動物的な身体性、野生みたいなものですね。
ーー祭りの渦中に巻き込まれるように撮影していますね。写真家には目の前の状況を一定の距離から俯瞰的に切り取るタイプと、そこに介入して巻き込まれながら撮るタイプに分かれるように思うんです。甲斐さんは後者だと思うのですが、どうしてそのスタイルに?
甲斐:Shrove Tuesdayの時に、はからずも巻き込まれて撮った結果です。シンプルに言えば、楽しかったんですよ。スポーツカメラマンとして仕事をする時には被写体と距離を置いて撮りますが、昔からフィールドの中に入って撮ればもっといい写真が撮れるんじゃないかって気持ちがあったんです。無理な話なんだけれど。
Shrove Tuesdayでは、気付いたら群衆の中に巻き込まれていました。ボールには引力があるんですよ。みんなが1つのボールを追いかけて、そこを目掛けて行くから、僕も自然とボールに引きつけられた。無意識的だったとはいえ、フィールドの中で撮ることを実現できたのがShrove Tuesdayだったんですね。群衆のエネルギーに飲み込まれたのだと思います。
ーー撮っている時、頭の中はどうなっているんですか?
甲斐:「とにかくシャッターを押そう、適当でもいいからとにかく押しとけ」っていう感じになっているから余計なことは考えていないですね。撮る前には「こういう写真を撮りたい」って考えたりはするけれど、思い通りになることはないですから。
ーーそうは言っても、参加している男たちの恍惚とした表情とか筋肉の隆起、目のイキ具合とかガンギマリのカットだらけですよ。
甲斐:次にどんなシーンが目の前に現れるのか、ある程度、予測じみたことはしていると思うんです。だから、完全に向こう側には行っていない。参加者ではあるんだけれど、カメラを持っていることで、当事者と観察者の境界をうまいこと行き来しているのかもしれないですね。意識しているわけではないですけど。
ーー撮影のさいに留意したこと、自分で決めたルールのようなものはありますか?
甲斐:群衆の内側に入って撮るということが第一条件で、撮影場所もそれを前提に選んでいます。あとは、祭りの邪魔はしないこと。まあ、邪魔にはなるんだけど、参加者に迷惑はかけないように。そのくらいですね。
ーー地域の祭りに他所者は簡単に入り込めない印象があります。たとえば、以前Tocanaでインタビューした野村恵子さんは長野県の小谷村に何度も通い、長期間滞在することで地元の方と関係を作ってから撮影していたと聞いています。甲斐さんはどのようにアプローチを?
甲斐:地元の祭りの保存会などに撮影趣旨を説明して撮らせてもらっています。毎年行っているし、オフィシャルカメラマンがいるような所でもないから、地元の方と仲良くはなるんですけれど、野村さんほどどっぷり入り込んではいないですよ。