「想像力」と「探究心」の矛先としての現代アート 金属彫刻家MADARA MANJIインタビュー(前編)

 金属を木目状に加工する伝統技術「杢目金(もくめがね)」を用いた立体作品を精力的に発表し、昨今、世界的に注目を浴びつつある金属彫刻家MADARA MANJI。

 新進気鋭の現代美術家が作品を通して表現する世界観とは? 現代アートに魅せられた理由とその可能性について。同氏が「すべての原動力」と断言する”想像力”と”探究心”をテーマに、現在のスタイルに至った経緯から今後目指す場所までを徹底取材した。

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「Uncovered cube #100 」(2022年) 撮影:AKIKO BUSCEMI

違和感と孤独感の果てに辿りついた「人間らしさ」

――まずはご自身の簡単なプロフィールをお聞かせください。

MADARA MANJI(以下、MANJI)  僕は東京生まれ東京育ちなんですけど、幼稚園の時点ですでに不登校でした。子どものころからアートに興味があって、芸術家に憧れてはいたけど、学校も人並みに通えなかったので美大にも進めず。今のスタイルは自分なりに勉強して、独学で習得しました。

――本格的に活動を始めたのはいつごろからですか?

MANJI  5年ほど前です。正直、二十代のうちはほぼ作家活動をしていないに等しい状態でした。材料に金や銀を使用するので、制作費だけで数十万円もかかる場合があったり、扱う道具も専門的なものになるので、ひと通り揃えるだけでもかなりの大金が必要になるんです。若いころはお金がなくて何もできなかったとも言えるし、まぁやる気がなかったのか、ダラダラと過ごしていましたね。

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ビルの一角をアトリエとして、毎日作品制作に追われる日々を送っている。 撮影:編集部

――こちらのアトリエはそのころから使用されているということで。当初はどのような作品を作られていたのでしょうか。

MANJI  とにかく制作するためのお金がなくて、二十歳ぐらいのころに作った作品があったのでそれを分解して、そのパーツで新しい作品を作って、完成したらまたそれを分解して……っていうのをずっと繰り返していました。そのたびに部品が少しずつ欠けていくから、最終的には本当に小さな作品が数点残るぐらいしかならなかったんです。

 これじゃ埒が明かないと思って、それまでロクに働いたことがなかったんですけど、30歳を前にして初めてちゃんと仕事をすることにしました。一年間アルバイトをして作った作品が、今お世話になっているWhitestone Gallery(※)さんの目に留まって、それからっすね。国内外で展覧会を開く機会をいただくようになって、今は毎日ここで作品を作っています。

(※)1967年創業。東京、軽井沢、台北、香港、北京、シンガポールに展開する現代美術ギャラリー。草間彌生や奈良美智なども展示を行う。

 一念発起して制作した作品が当時、唯一無二の表現活動を行う次世代のアーティストを探していたギャラリーの目に留まり、スカウトされる形で本格的に作家デビューを果たす。まるで漫画の主人公のようなストーリーだが、硬質な雰囲気の漂う作風とは裏腹に、アートに関心を持った背景には、意外にも”世の中に対する違和感”を感じていた幼少期の原体験が大きく影響しているという。

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「Uncovered cube #105」(2022年) 撮影:AKIKO BUSCEMI

MANJI  家庭環境がちょっと変わっていたのもあって、どっちかって言うと動物に近いような幼少期を過ごしていました。ざっくり言えばすごい自由な環境で育てられたんですけど、「やりたいと思うことなら何でも好きにやったらいい、ただし選択には損失が伴うことを知れ」っていう親だったので。おかげで家庭内で受けるような教育もガン無視で好き勝手に過ごしていましたし、学校もすぐ不登校になりました。

――行きたくないなら、別に無理して通わなくてもいいよみたいな?

MANJI  そうですね。”自分の頭でちゃんと考えて、熟慮した結果であれば、本人の選択は否定しない”っていうのが家の教育方針でした。だから、学校へ行かないことに対しても、本人が考えたうえでの選択であればそれでいいって感じでした。

 一方で、取捨選択や判断には損失や犠牲が伴うって話はしょっちゅう聞かされていたし、それを律する術を学べと散々言われてました。でも、学校に行かないことで失うものなんて、子どものころの俺には想像がつかないじゃないですか。その結果、自覚のないまま幼少期の貴重な体験や学習の機会の多くを失っちゃったみたいな。まぁ当時の自分は知恵が足らなかったってことですし、それも学びのひとつでした。

――どちらかの選択を強制されるわけでもなく、行かないほうに気持ちが振れた理由は何だったのでしょうか。

MANJI  幼稚園に通い始めて、社会に触れたときにものすごいショックを受けたんです。やっぱり幼稚園にもルールやモラルはあって、常識っていう概念が存在しているんですよね。他者と時間を共有する場合、この国が有する人間の在り方に添うことがまず前提として求められるわけです。そして、それは俺がそれまで学んでこなかったものばかりでした。

 たとえば、日本人同士なら日本語を使ってコミュニケーションを取るべきだとか、ボール遊びの流れで、いつの間にかサッカーのルールに則ってゲームが始まるのも自然なこと。でも、俺はそのころまだ十分に喋れなかったし、サッカーなんてやったことがなければ聞いたこともない、そもそもボールを蹴って遊んだことすらなかったんです。

 完成された枠組みの中に、社会性を持たない者の居場所は用意されていないので、周りの大人たちに「服を着なさい」とか「食事をするときは食器を使いなさい」って言われても、その理由を理解することができなかったんです。人間の営みすべてが人工物のように感じられて、どうしても自分のなかで辻褄が合わなかったんですよね。

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撮影:編集部

MANJI  当時は、誰かが作った日本語を使ってコミュニケーションを取りましょうっていう理論が通用するなら、俺が作ったオリジナルな言語を流布して、みんながそれを使ってくれてもいいじゃんって本気で思ってました。法律だって、誰かの定めた決まりを守って生活しましょうっていうのなら、俺が今から作るルールの上で生きていくのでもいいはずだと。

 でも、俺の作ったものは誰も受け入れてくれなくて、日本語や法律には有効性がある。今ならそれは、国家の成り立ちや社会が持つ歴史に由来していることがわかるけど、子どものころはさっぱり意味がわからなかった。だから、馴染むことができなかったんだと思います。

――逆にそのころ何か夢中になっていたものってありましたか?

MANJI  NHKとか衛星放送で流れているような、野生動物の生態に迫ったドキュメンタリー番組を見るのが大好きでした。お腹が空いたらご飯を食べたり、危険が迫ったらその場から逃げ出したり、動物の生存本能的な部分には共感することができたのでよく見てましたね。人間社会の秩序よりも、動物の行動原理のほうがずっとわかりやすくて、親しみやすかったんです。

 でも、あるときにふと、人間と動物には決定的な差異があることに気がついたんです。自分の場合、疑問から始まって何かを思考するとか想像するとか、それがさらに行動に移るっていうことがよくあったんですけど、テレビで見る動物たちはもっとストイックに生存本能のみに従っているんですよね。

 この違いに気づいた瞬間、人間が非常に特異で稀有な存在たる所以は、おそらくこの“疑問を持つ”という点にあるんだろうなと確信したんです。で、その根底にあるのは想像力と探究心だった。人間と動物の定義がずっと曖昧なままだったので、これが人間らしさか! と初めて腑に落ちたときの感動は、今でも忘れることができないぐらい記憶に残っています。

「想像力」と「探究心」の矛先としての現代アート

MANJI  想像力と探求心の矛先って、ありとあらゆる学問からスポーツでも何でも、いろんなものが対象になり得ると思うんですけど、俺はアーティストっていう単語を知るよりも先に何かを思考して表現して、伝達しながら生きていきたいと考えていたので、その手段としてアートがダイレクトに当てはまったんです。

――それが、もともとは動物的な感覚に魅力を感じていたMANJIさんが、初めて納得することのできた人間らしい生き方だったということでしょうか。

MANJI  いろいろな物事を知っていく過程で、アーティストが自分の目指す生き方を体現するフレームとして非常に適性が高いということがわかってきて、だんだんと憧れを抱くようになった感じですね。

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撮影:編集部

――まず作品がきっかけとしてあって、そのうえで志す人が多い世界だと思うのですが、何か特定の作品に影響を受けたわけではなく、アートという概念そのものに惹かれたということですか。

MANJI  そうなんです。特に現代アートっていうジャンルは、人間による人間のための最も人間的な行為のひとつだと思っていて。人間的な行為っていろいろありますよね? たとえば、食事は人間も動物もするじゃないですか。でも、料理は人間しかしないし、インターネットとかもそうだな、人間的な概念だと思う。

 そのなかでも特に、アートという概念に初めて出会ったときに、なんて非動物的で人間的な行為なんだ! と衝撃が走ったんです。なので、好きなアーティストはたくさんいるんですけど、特にアートを志すきっかけになった作家とかはいないんです。

――概念のほうが先行するってかなり珍しいパターンですよね。先ほど動物に近いような幼少期を過ごされていたと仰っていましたが、自分の意思を表明するツールとして、われわれは言語を習得したり、ルールを覚えたりするわけじゃないですか。この部分については、ご自身のなかでどういったバランスだったのでしょうか。

MANJI  これは今もね、笑い話なんですけど、興味のある物事に関しては勉強熱心なわりに、そうでないものに対してはまるで一切やる気が出ないんです。情けない話なんですけど、アトリエをご覧のとおり生活能力が極めて低くて……(笑)。興味のあるなしにものすごくパフォーマンスが左右されるし、興味を持つ先もバラバラで。要は子どものころからずっとそうなんですよね。

 小学生のころ、不登校といえど学校に籍はあるので、俺があまりにも文字の読み書きを覚えないことを心配して、担任の先生が家まで話に来たことがあったんです。そのとき、うちの親父は「教育っていうのは、単にひらがなを教えるのではなく、文字の読み書きを習得すると、どんな知識を手に入れることができるのかっていうことを教えることなんだから、本人が興味を持たないのに記号的に教えてもしょうがないから放っておいていい」みたいなことを言ったんですよね。

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撮影:AKIKO BUSCEMI

MANJI  歳の離れた兄貴はその様子を見て、「もっともらしいこと言ってるけど、このままじゃ弟がマズい……!」と危機感を感じたらしく(笑)。それまで、いろんな漫画を読み聞かせしてくれていたのに、あるときから話を途中で止めるようになったんです。今考えれば、それが初めて受けた教育でした。「読み書きさえ覚えれば、家中の本を自由に読むことができる。物語に触れるために勉強してみたらどうだ」と言われて、ようやくその気になれたんです。

 だから、今も全部そうっすね。常識とかコミュニケーション含めて、いろんな技術や能力を手に入れると、その先でしか覗くことができない世界が待っているかもしれない、興味があるから勉強しようっていうのが基本的な行動原理になっていると思います。

インタビュー中編(7月30日17時公開予定)

【MADARA MANJI展覧会情報】
グループ展
『Synergy』
【開催期間】2023.08.02 wed. – 08.13 Sun. 月曜日定休 11:00 – 19:00
【会場】YOD TOKYO
〒150-0001 東京都渋谷区神宮前4-26-35
http://yoded.com/
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■MADARA MANJI
京都の職人に弟子入りし金属加工の基礎技術を学び、数年間の修行の後に独立。独学で杢目金の技術を習得し、その技術を用いた立体作品の制作を行う。
Twitter:@MadaraManji
Instagram:@madara_manji
HP:金属彫刻作家まだらまんじ. MADARA MANJI official Web site

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文=浅香麻亜弥(トカナ編集部)

1993年生まれ、東洋大学インド哲学科卒。不思議なこととお酒と猫が好き。アンダーグラウンド・カルチャーにまみれながら、日々修行中。 TOCANA|UFO、心霊、予言など未知の世界の情報を発信、好奇心と知的欲求を刺激するメディア
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