死体を見て、自分の描いた絵が動き、音を出す…『デヴィッド・リンチ:アートライフ』で描かれた巨匠の頭の中の悪夢
それは幼い娘に、人生を振り返る時期が来た父からの贈り物のかもしれない。娘の傍らで、父リンチは黙々と作品制作を続ける。大きなキャンバスに手づかみで絵の具をなすりつけ、荒っぽく作品と格闘していく。そして、まるで独り言をつぶやくように、自らの過去を語り始めるのだ。その内容については、鑑賞者がそれぞれに関心を寄せるところは異なることだろう。ここで、筆者自身が印象に残ったポイントをあげさせてもらえば、次の3つである。
「高校生にして自分のアトリエを持った」「死体を見に行った」「自分の描いた絵が動き、音を出す幻覚を見た」
それぞれの出来事は映画の中で詳しく描かれているので、本編を観ていただければ、該当箇所はすぐにわかる。本編の監督ジョン・グエンも指摘している通り、普通なら遊び呆けて終わってしまう高校時代、リンチは早くも自らのアトリエを持ち、絵画の作品制作を始めている。まず、その早熟ぶりには誰もが驚かされるだろう。
父親の度重なる転勤に伴い、転校が多かったリンチは、ヴァージニアの高校に転校したときから、地元の悪ガキたちとつるんで、かなり不真面目な生徒だったという。創造的欲求に溢れるリンチは、自堕落な毎日に満足していたわけではない。本人もなんとか、そんな生活から逃れるためにもがいていたとき、高校の友人の父親がプロの画家であることを知る。友達に頼んで、その現場を見せてもらったとき、リンチが思ったことは、自分もアトリエを持ちたいということだった。また、そのとき、画家からロバート・ヘンライの『アート・スピリット』をいう本をもらい、それが当時の彼の愛読書となる。そのとき、彼は、芸術家として生きるとは、朝起きて、アトリエに行き、絵を描くという毎日をひたすら続けることと悟るでのある。
高校生でありなら、リンチは芸術家としての生き方を実践するためにアトリエを借りることを望むのだ。彼の父親が半額を出資し、残りのお金は彼自身がバイトで稼いだ。そのことで、リンチは自宅とは別にアトリエを持ち、絵画制作を始め、美術大学への進学を決意する。
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