日本に鎖国はなかった!? 浮世絵で読み解く江戸時代 ~66年ぶりに公開、歌麿「深川の雪」~

■西洋絵画を取り入れていた、江戸時代の画家たち

 浮世絵がゴッホやマネ、モネなどの印象派の画家たちに多大な影響を与えたのは有名だが、実は歌麿や北斎、広重などが西洋絵画の技法を取り入れてることは意外に知られていない。一見、平面的に見える歌麿の絵だが、着物に沿って描かれている幾何学模様などは、ベースになる立体を理解していないと描けない表現だ。

 ここに立体の構造を知っていて描くという、西洋絵画の技法をどこかで学んだことを見出すことができる

 また先日、サントリー美術館で公開されていた谷文晁(たにぶんちょう)も、歌麿と同じ時代に活躍した画家だが、彼は花を描いた西洋絵画の模写を残している。これなどは丸ごと西洋絵画を取り入れた好例と言えよう。また彼のパトロンには、あの老中・松平定信がいたわけだから、これは公然と輸入されたものと言って良いだろう。

 さて、松平定信が布いた寛政の改革は、浮世絵の世界に違った意味で影響を残している。「寛政の改革」は、学問や出版の統制をしたり、華美な衣装や髪飾り、菓子や贅沢な料理を禁じたことで知られている。贅沢を禁止して市場を縮小させるという、今見れば経済的にはわるい方向に行く政策をとったわけだ。経済学のなかった時代だから仕方ないところだが、経済改革という面だけでなく、風俗を取締る方に腐心したと言えなくもない。寛政の改革は、周知のように贅沢を禁じた政策だったが、水野忠邦時代に力をつけてきた町人の風俗を、生真面目な定信は苦々しく思っていたのかもしれない。


■風俗を描いた歌麿が受けた制裁

日本に鎖国はなかった!? 浮世絵で読み解く江戸時代 ~66年ぶりに公開、歌麿「深川の雪」~の画像2画像は、「山姥と金太郎 盃」歌麿画 Wikipediaより

 歌麿の全盛期、彼がひとたび遊女、花魁、茶屋の娘をモデルに描くと、たちまち江戸中にその人気が広まった。モデルになった看板娘のいる店は大繁盛。中には勘違いして、客に横柄なふるまいをして不興を買ったケースもあったとか、歌麿やその版元だった蔦屋重三郎は今でいうメディアの一翼を担っていたのである。

 こうして人気を博していた歌麿だったが、当然ながら幕府の取り締りの格好の対象になった。

 江戸幕府は世を乱す不届き者として歌麿に度々制裁を加え、パトロンだった当時の大プロデューサー蔦屋重三郎の財産が没収したりなどの取り締りを繰り返した。

 だが、歌麿というこの男。たおやかな美人画を描く絵描きというイメージとは反対に、相当な反骨の人だったようだ。歌麿は木版の色数を減らしたり、茶屋の娘を「判じ絵」という方法で名前を記さず描いてみせたのである。

「深川の雪」はそんな中で描かれた、歌麿としてはきわめて珍しい肉筆による大作である。「雪月花三部作」はすべてサイズもテーマも異なるが、これらは栃木(栃木県栃木市)に歌麿が滞在して描いたという説が有力だ。

 なぜ歌麿が江戸からはなれた下野国(しもつけのくに)に、わざわざ出向いたのか。それは栃木の豪商四代目、善野喜兵衛と狂歌を通じて親しかったからだというのだ。狂歌は士農工商の隔たりなく、誰でも狂歌名を名乗り参加できる、五七五七七で社会風刺や滑稽を詠む遊びだ。

 喜兵衛は通用亭徳成という狂歌名、いわばハンドルネームを持っていて、若い頃、狂歌に通じていた歌麿としばしば交流をしていた。寛政の改革で仕事を失った歌麿に、良い機会と絵を依頼したのが、喜兵衛の叔父にあたる善野伊兵衛だったと伝えられている。

 一番最初に描かれたのが「品川の月」で1788年頃というから、丁度、寛政の改革がはじまった頃ということになろう。「雪月花三部作」のいずれもが遊郭の様子を描いていて、「深川の雪」に至っては、二階に集まる花魁を将軍家の大奥になぞらえている。将軍さまの女性たちを遊女に見立てるとは、見つかれば命がいくつあっても足りるものではない。江戸からはなれた栃木の地だからこそ、この絵の完成があったのである。

 もっとも「深川の雪」が完成したとされる1804年には、とうに寛政の改革は松平定信の経済政策の失敗で終わっていた。しかし、すっかり幕府に目をつけられていた歌麿は、その同年、豊臣秀吉の「醍醐の花見」を題材にした浮世絵「太閤五妻洛東遊観之図」がきっかけで、「手鎖50日」の処分を受けてしまう。

 獄中生活のダメージ…、それでも歌麿の人気は衰えず注文が殺到。手鎖から2年後に、江戸希代の絵師・喜多川歌麿はあっけなく齢53歳でこの世を去るのである。

 それにしても、優雅な美人画を描く歌麿が反骨の画家で、無骨な羅漢絵を得意とする谷文晁が幕府側のパトロンお抱え画家というのが、実にアートの矛盾というか面白いところだ。文晁は多才な画家ではあったが、いわゆるセンスの良いという絵描きではなかった。ゴツゴツした羅漢やお坊さんを描くのには長けていたが、優雅な美人を描いたものといえば、はて歌麿のそれとは比較になるまい。

 そういう意味で早くから歌麿に注目して絵を買い付けていた、西洋のバイヤーは大変な目利きだっというわけだろう。この「深川の雪」、4月4日から6月末まで箱根・岡田美術館で公開される。ご興味ある方は、ぜひ足を運んでみては如何だろうか。

■小暮満寿雄(こぐれ・ますお)
1986年多摩美術大学院修了。教員生活を経たのち、1988年よりインド、トルコ、ヨーロッパ方面を周遊。現在は著作や絵画の制作を中心に活動を行い、年に1回ほどのペースで個展を開催している。著書に『堪能ルーヴル―半日で観るヨーロッパ絵画のエッセンス』(まどか出版)、『みなしご王子 インドのアチャールくん』(情報センター出版局)がある。
・HP「小暮満寿雄ArtGallery
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