30号棟の階段の裏側に広がるシミに乱反射した朝日が当たると、美しい色模様が浮かび上がる
――ちょっと待って下さい、『声』…ですか、しかも女性…。軍艦島って誰も住んでいませんよね?
酒井 そうですね。1974年の閉山以降は、無人となっています。40年間も人が住んでいません。でも、写真を撮っているうちに建築物のパーツ、パーツから『声』をかけられるようになったんです。「ねぇ、私たちを撮って…」、「私はまだ生きているの。こんな姿になっちゃったけど、私のことを記録しておいてくれない…?」って感じで。
軍艦島に残されている建築物は、一度、人間に捨てられたものですよね。でも、再び人が入り込むことによって“息吹”を取り戻すようになったんです。撮影中、世界遺産登録を前にして様々な調査や視察などが行われていました。建築物たちも嬉しかったんでしょう。気がつけば、みんなが歌を奏でるようになっていたんです。とってもチャーミングでしたよ。その中には、「いつか私たちは、本当に本当に崩れてしまって死んじゃうの。だから、お願い…撮っておいて…」っていうものもありました。他の人が行けばまた違うものが見えてくるのかも知れないでしょうけど、少なくとも自分にはそういう体験がありました。あるいは、建築物に宿っている生命(いのち)の存在に自分自身が気づいたのかも知れないのですが…。