軍艦任務から日本軍捕虜キャンプを生き延びた軍用犬“ジュディ”の感動ストーリー
しかし次の日、食料が盗まれたことに気づいたのか、捕虜小屋に入ってきた日本軍の守衛兵は「抜き打ち検査をする」と言い渡した。守衛兵が小屋を調べ始めた時、捕虜たちは心臓が縮みあがるような恐怖を感じたという。キャンプ内では、罪を犯したとされ首を切られた捕虜が既に幾人もいたのだ。
ついに守衛兵がベッドを調べようとしたその時、ジュディが何かを咥えながら捕虜小屋に飛び込んできた。それを見た守衛兵は凍りつき、顔に恐怖の色が広がった。ジュディが咥えていたのは、人間の頭がい骨であったのだ。ジュディは、日本兵たちが死に関するものを忌み嫌う事に気づいていたという。大規模な戦争を前にしてのことか、何かの言い伝えのためか、日本兵は骸骨、墓、頭がい骨などを極端に恐れていたということだ。
守衛兵が拳銃を抜くと、ジュディは口に頭がい骨を咥えたまま猛然とダッシュして小屋から逃げ出したという。顔から血の気のひいた守衛兵は、その後小屋から逃げるようにして出ていった。そして米は発見されることなく検査は終わったのだった。
■認識番号が与えられた初めての犬に
驚いたことにジュディはこの時期に妊娠したのだった。父親と目される野良犬は、数ヵ月前に撃ち殺され、日本兵に食べられたというのがもっぱらの噂であった。キャンプ周辺でジュディ以外の犬の姿はほとんど見かけないこともあり、皆はジュディが虎か牛の子供を産むのだと冗談を言い合った。
結局、ジュディは5匹のかわいい子犬を産んだ。そして、そのうちの1匹はフランク・ウィリアムズ二等兵によって犬好きなガールフレンドがいるキャンプの所長に預けられた。その見返りとして、ジュディに正式な捕虜の身分を与えることをフランクは所長に願い出た。しかし所長は、「いきなり捕虜の番号を1人分増やすことを上司にどう説明したらよいのだ」と、顔を曇らせた。そこで、フランクは自分の捕虜番号である81にAを付けたもの ― POW81A ― を提案。願いは受け入れられ、翌朝からジュディは、ブリキ缶で作られた伝説の捕虜番号「POW81A」のタグをつけた首輪が与えられた。この経緯は、戦時中の有名なエピソードとして、現在も多くの人々に語り継がれている。
■絶体絶命のピンチを何度も免れた“奇跡の犬”
ドイツの降伏と、日本に落とされた2つの原子爆弾によって世界は終戦を迎え、ジュディは人間の仲間と共に英国に戻った。捕虜収容所での地獄の強制労働を生き抜いた捕虜犬として、ジュディは多くの人々を魅了した。どこへ行っても狂喜して迎えられ、戦勝記念日にはBBCラジオ番組のインタビューさえ受けており、その咆哮は国中に放送された。
そしてジュディは、英国空軍のマスコットとなるだけではなく、ビクトリア十字の動物版であるディキソン・メダルも与えられた。ジュディの表彰状には、『日本軍の収容所で、仲間の捕虜の士気を維持するのを助けた、素晴らしい勇気と持久力に』、また『彼女の知性と注意深さが多くの命を救ったことに対して』とあった。1947年、ジュディはフランク・ウィリアムズ元二等兵とともにタンザニアに移住したが、その後1950年に14歳で亡くなった。ジュディの亡骸はイギリス空軍の上着で包まれ、木の棺に入れられて葬られたが、その面影は人々の心の中にいまも生き続けている。
画像は「Daily Mail」より
軍用犬として戦場に赴いた犬は他にも多くいたが、これだけ人間と一体となり働いた犬も珍しい。「忠実な犬に勝る友はない」を地で行く感動の物語が、またひとつ、人々の記憶に刻まれることになったのだ。
(文=美加リッター)
参考:「Daily Mail」ほか
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