文章力もセンスもある…が、元少年Aが“サブカル不快感野郎”である紛れもない理由

文章力もセンスもある…が、元少年Aがサブカル不快感野郎である紛れもない理由の画像2※イメージ画像:『危ない1号(Vol.1)』(データハウス)

 何より、90年代末、サブカルチャーは異端ではなく遍在するものであった。前出の『危ない1号』の1号の発行日は1995年7月である。「ドラッグ特集」と題し、世界各国のドラッグ事情のほか、渡辺文樹インタビュー(※参照リンク:『「見たらきっと吐く」 ― 公安がマークした、渡辺文樹の恐るべき映像世界』 や、犬鍋食レポート、村崎百郎によるゴミ漁り記事などが掲載されている。今から見ればかなりディープな内容である。しかし、本書は、15万部の売上を超えるベストセラーとなった。

 当時の書店には同様の本があふれていた。特段にマニアックな興味がなくとも、普通に手の届く場所にあったと言える。交通事故で内臓が飛び出た死体や、奇形児などの写真がカラーで掲載された『世紀末倶楽部』(コアマガジン)や、鶴見済による『完全自殺マニュアル』『人格改造マニュアル』(ともに太田出版)といった本が書店に平然と並んでいた。私の通っていた高校があった、地方都市の書店にも『世紀末倶楽部』はあった。興味本位から次々と手に取られ、手垢にまみれていたことを記憶している。もっとも元少年Aの事件が明るみとなると、一瞬で店頭から消えてしまった。

 なぜ、こんな悪趣味な本があふれていたのだろうかと言えば、時代というほかない。当時、フジテレビの深夜番組で『デジタルチャットZ』という番組が放送されていた。平日深夜に放送されていた10分の帯番組で、CGキャラクターの声を爆笑問題が担当していた。内容は「非日常HOW TO講座」と銘打ち「電車の動かし方」から「エスペラント語の話し方」まで、役に立たないことを大仰に解説する番組だ。鬼畜系のサブカルムックも、まさに“非日常”と“ムダ知識”を露悪的な演出で結びつけたものだ。日常が退屈だからこそ、非日常を味わえるスパイスとして、無意味、過激、鬼畜が希求された時代が90年代であった。

 元少年Aは、そんな90年代の子供を強く自覚する。

“僕が人生で最も過酷で鮮烈な季節を生きた“九十年代”とは、一言で言ってしまえば“身体性欠如”の時代だ。僕は典型的な九十年代の子供(ナインティーズ・キッド)だった。”(『絶歌』p.100)

 物心つくころにバブル崩壊を迎え、12歳で阪神・淡路大震災を経験する。被災現場を訪れた彼は“原爆投下もかくあったろうと思われる黒焦げの瓦礫の山。ゴジラが暴れたあとのようグシャグシャに潰れた家々や横倒しになった高速道路”。(『絶歌』p.101)を見て、“僕はこのふたつの大惨事をリアルタイムで見てきた。体内に巨大な虚無がインストールされ、後の僕の思考スタイルにはかりしれない影響を与えた。”(『絶歌』p.102)と述べる。

 戦後50年という節目の年、1995年に日本を襲った震災とオウムは、平和と経済的安定という、これまでの日本社会の前提を根本から突き崩す出来事だった。そこに、原爆とゴジラ(ゴジラは水爆実験の放射能によって誕生した怪獣である)というキーワードをきちんと織り込んでいる。うまい表現ではある。しかし、すっきりと整理されすぎた印象もある。これは『絶歌』を通して感じるものでもある。

 元少年Aの手記は、30歳を過ぎた現在の視点から描かれている。そのため、生い立ちから犯行、社会復帰までがすべてリニアに書かれている。ところどころで挟まれる、松本人志のシニカルな笑いに対する考察や(『絶歌』p.27)、『行け!稲中卓球部』(講談社)から『ヒミズ』(同)に至る古谷実の変節、あるいは通底する作風に対する指摘なども(『絶歌』p.227)、どこかで聞いたような説明だ。

 数多引用される文学作品もほとんどが医療少年院の治療の一環で読まされたものである。社会復帰後、元少年Aは、再び読書を開始し、三島由紀夫と村上春樹を熱心に読むようになる。中でも三島の『金閣寺』は人生のバイブルとなった(『絶歌』p.253)。『金閣寺』(新潮社)は、吃音に苦しむ青年が、厭世観から金閣寺に放火し、全焼させた実話をもとにした小説である。元少年Aは、小説の主人公に自分自身を見出し、吃音を自身の精神障害である性倒錯、放火を自ら起こした殺人事件に重ねる。小説を読み、感銘を受けることはあっても良い。ただし、被害者遺族含め、誰しもが手に取れる『絶歌』という場で書くべきことであっただろうか。

 元少年Aの精神は決定的に幼い。本書の書き出しは“1997年6月28日。僕は、僕でなくなった。”という一文で始まる。その通り、元少年Aの感性は1997年で止まっている。突如開設されたホームページは、グロテスクなコラージュとイラスト、本や映画のレビュー、倒壊と諧謔精神にあふれる長い自己紹介文などが記されている。90年代当時、どうでもいい写真やポエムを載せ、BBSでチヤホヤされていた女子高生とかいたな、と遠い記憶がよみがえる。

 元少年Aが取り上げるサブカルチャー的なキーワードはすべて点でしかない。あとから自分の半生を振り返る中で、都合よく説明がつき、自分を救ってくれそうなキーワードに飛びついているようにしか見えない。

 90年代サブカルチャーは、未成熟なものを愛でる土壌があった。女子高生がブームとなり、インディーズシーンの音楽や映画が注目され、ネットには無数の感情的な言葉があふれる。元少年Aも触れていた、鬼畜系サブカルチャーもそこに含まれるだろう。当時愛でられていた未成熟さは、現在のアイドルや若手芸人のファンにあるような、成長を見守っていく、という生易しいものでもない。むしろ成熟を拒否し、同じ場所、時間に留まり続けるようなモラトリアム要素が強いものであった。ゆえに、オウム事件を契機としてサブカルチャーシーンでは局地的に「大人になれよ」と「子供のままでいいじゃん」論争が巻き起こることになった。

『絶歌』執筆にあたって元少年Aは、確かに苦悩煩悶したのかもしれない。それでも、“自分の物語を自分の言葉で書いてみたい衝動に駆られた。”(『絶歌』p.280)という自己中心的な目的が優先する限り、本書の存在は認めがたい。文章力はある。既存の文物から自らにとって都合の良い言葉やトピックを見つけ出すセンスもある。その器用さが、真の反省や成熟を遠ざけていることは言うまでもない。

『絶歌』は、90年代サブカルチャーの悪しき部分が、真空パックのまま届けられたようだった。懐かしさより、不快感が勝る。
(文=王城つぐ/メディア文化史研究家)

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