また始まった「六本木ヒルズの呪い」! グーグル水晶玉発火事件は地霊の祟りか?

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 オーブの正体がヒトダマであるとは、よく言われること。そして六本木ヒルズが建つ土地には、もともと長州の支藩・長府藩の毛利家上屋敷がありました。ビル脇の公園を「毛利庭園」と呼ぶのはそのためですね。この庭園こそ、オーブ=ヒトダマが飛んでもおかしくないような因縁うずまく土地なのです。

 まずここでは、あの「忠臣蔵」赤穂浪士たちが切腹しています。吉良家討ち入りの成功後、赤穂浪士たちは幕府の沙汰を受けるため、4つの大名屋敷に身分預りとなりました。そのうち毛利屋敷に預けられたのは、岡嶋八十右衛門ら10名。ご存知の通り、浪士全員には切腹の命が下されたため、彼ら10名はこの敷地にて切腹して果てました。

 さらに時代を経た幕末。長府毛利家に、明治を象徴する人物が産まれます。それはあの陸軍大将・乃木希典。つまりここは、乃木大将生誕の地でもあるのです。こうした経緯から毛利庭園の周辺は史跡として保存され、「赤穂浪士切腹の碑」「乃木将軍生誕の地の碑」などが建てられます。豊かな湧水をたたえる池も、なるべく手を加えられることなく残されていきました。


■あの“マッサン”も恐れた呪い

 戦後になると、「マッサン」として有名な竹鶴政孝ひきいるニッカウヰスキーが同地を買収、東京工場が建設されます。庭園の池はりっぱな湧水地だったので、ウイスキー製造に適した土地だと判断されたのでしょう。のちのち「ニッカ池」と呼ばれるこの池を、マッサンは非常に重要視していました。というより「畏れていた」のかもしれないことは、以下の発言からもうかがえます。

「あそこは由緒ある池で、必ず主がいるに違いない。だから池を潰した奴には祟りがあるぞ。本人になければ子孫にあるぞ」(『父・マッサンの遺言』KADOKAWAより)

 1977年、ニッカからテレビ朝日へと土地が売却されます。これは噂にすぎませんが、竹鶴政孝会長は土地委譲にあたって「あそこにある石碑だけは壊すな」と忠告していたとの話もあります。

 しかし1980年代の地図を見てみると、バブル期の土地開発の影響でしょうか。池が縮小されているのが見てとれます。さらに2000年代に入り、六本木ヒルズの建設が開始。大規模な工事の手が入り、毛利庭園の池は埋められてしまいました。正確に言えば、池底を固めて防護シートを敷き、その上に現在の池を造ったのです。確かに埋め潰してはいないものの、マッサンの警告はほぼ無視されたと言えるでしょう……。

 池だけでなく、過去の霊たちもないがしろにされていきます。「赤穂浪士切腹の碑」は撤去され、その後どう処分されたかは不明。「乃木将軍生誕の地の碑」は壊されずにはすみましたが、ヒルズを挟んで反対側のさくら坂公園へ移転し、同じく「乃木大将と辻占売少年の像」も乃木神社へと移されてしまったのです。

 赤穂浪士や乃木大将は、忠義を重んじ自ら死を選んだ人物。彼ら自身が怨霊として化けて出るとは思えません。しかし「土地の記憶」をないがしろにすれば、なにがしかの祟りが生じてもおかしくはないのでは? 同じことは、マッサンが警告した「池の主」についても言えるでしょう。

 忘れられそうになった地霊(ゲニウス・ロキ)は、そのまま黙っておりません。「わたしはこの地にいるぞ!」と、何らかの手段で人々の記憶を取り戻そうとします。今回の火事騒動は、そんな地霊の魂がオーブとして発現し、騒々しい祟りを巻き起こしてしまったのではないか……。警察の見た「水晶玉」の正体は、そんな風に想像することもできるのです。

また始まった「六本木ヒルズの呪い」! グーグル水晶玉発火事件は地霊の祟りか?の画像5

■吉田悠軌(よしだ ゆうき)
怪談サークル「とうもろこしの会」会長。怪談やオカルトを「隠された文化」として収集・研究している。著書に『放課後怪談部』。編集長を務める同人誌『怪処』ではオカルト的な場所を広く紹介。
怪処HP

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