長野県飯田市。彼女が身を置いていた芸妓屋は蕎麦屋になっている。撮影/八木澤高明
■とてもプライドの高い人だった
私は、事件を起こす前の阿部定が歩いた道を辿ってみることにした。
長野県飯田市。かつて阿部定が芸妓として身を置いた飲食店は、現在は当然だが他のお店になっていた。だが創業者一族は変わっておらず、当時から四代目となる店主の妻は、先代女将から聞いたエピソードを話してくれた。
「ずいぶんと粋な人だったと聞いています。賄いの食事には手をつけず、わざわざ外へ洋食を食べにいったり、ビリヤードをしてから銭湯へ行くのが日課だったようです。気前もよく、着物の帯にお金を入れて、たまにお小遣いをくれたり。けれど、とてもプライドの高い人だったようで、うちでは“静香”という源氏名でしたが、誰でもいいという客には絶対に行かなかった、指名がなければ動かなかったと聞いております」
飯田市に残るかつての色町跡。撮影/八木澤高明
いまでこそ街は寂れているが、当時の飯田は生糸や材木の商いで人が集まり、とても華やいだ街だったという。飯田が賑やかだった時代、阿部定はここにいたのだ。