阿部定も身を置いていた大阪の飛田遊廓には、いまも春を売る女性たちの姿がある。撮影/八木澤高明
1941(昭和16)年5月17日、恩赦により、阿部定は栃木刑務所を模範囚として出所。警察官たちの手により、特別に変名の配給書類が手配された。栃木刑務所を出所後は、ドサ回りの役者、女中、浅草の小料理屋の経営を経て、1971(昭和46)年に千葉県市原市のホテルに勤務している姿が確認されているが、それ以降の消息はわかっていない。
その間、阿部定は静岡県身延山久遠寺に男の永代供養を申し出ている。毎年、男の命日にはきまってきれいな花が届けられていたが、1987(昭和62)年以降はその献花も届かなくなったという。さらにその後は「熱海に移り住んだのではないか」という噂が流れたこともあったが、正確な行方は杳として知れない。もしも彼女が生きていれば、110歳以上。一途な女性は、最愛の人とあの世で逢瀬を重ねているのだろうか、それとも新たな恋人と静かな余生を過ごしているのだろうか。
(文・写真=八木澤高明/DARKtousim JAPAN)
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■執筆者プロフィール
八木澤高明(やぎさわ・たかあき)
1972年、神奈川県生まれ。写真週刊誌専属カメラマンを経てフリーに。『マキオキッズ 毛沢東の子供たちを巡る旅』で小学館ノンフィクション大賞を受賞。そのほか、路上の売春婦を描いた『娼婦たちから見た日本』(角川書店)、近著に増補新版『黄金町マリア 横浜黄金町 路上の娼婦たち』(亜紀書房)、『にっぽんフクシマ原発劇場』(現代書館)などがある。
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