子どもをLSD漬けにしていた異様すぎるカルト教団「ザ・ファミリー」の実態とは? ウィキリークスとも意外なつながり!?
■「ザ・ファミリー」での生活
子どもたちは全員、アンの子どもとして「ハミルトン・バーン」姓を名乗り、きょうだいとして振る舞うように言いつけられていた。アンは絶対的な存在で、子どもたちはアンの気まぐれで殴られ、食事を抜かれるなどして精神的・肉体的に虐待され続けた。
「ザ・ファミリー」から助け出された子どもの一人は、食事を抜くのは子どもをコントロールするのに非常に有効で、空腹のあまり草を食べたこともあると後に語った。子どもたちは常におびえ、トラウマを抱え、常に不安にさいなまれていた。
そしてメルボルンにかつてあったニューヘブン精神病院の院長はじめ、精神科医やスタッフの多くがアンの信者で、アンに異議を唱える信者や子どもたちはその精神病院で監禁されて合成麻薬のLSDを投与された。
■子どもたちの解放
この奇妙なカルト・グループは人里離れた土地に住み、他人と接する機会がほとんどなかったため、警察が彼らに注目することもなかった。電気工事士が数週間、修理のために施設に立ち入ったこともあったが、アンは知的障害のある子どもたちが通う学校に見せかけようとして、子どもたちに演技をすることを命令した。
しかし、ついに解放の日がやってきた。1987年、子どもの中の一人であるサラがアンに反抗的な態度を取ったため追放されたのだ。その後サラが警察に助けを求めて「ザ・ファミリー」について言及し、警察はグループの住む学校から子どもたちを助け出した。
アンと夫は信者によって寄進された土地と現金124億円を持って、まんまとオーストラリアから逃げ出し、アメリカのニューヨーク州に居を移した。彼女は最終的に米国でFBIに見つかり、オーストラリアに強制送還された。
しかし非常に軽微な罪にしか問われず、罰金刑しか受けなかった。もしこれが現在であったら、児童虐待や誘拐などで重罪は免れないであろう。アンは現在、非常に高齢で認知症を患っており、オーストラリアの老人ホームに住んでいる。
もともとアンはヨガのインストラクターとして人気を集め、このカルト・グループを創設した。1960年代はじめにはまだ、欧米でヨガは全く知られていなく、ヨガを習いに来るに人は神秘主義に惹かれる知識階級の人が多かったのだろう。これはかのオウム真理教を連想させる構図である。彼女は歴史の中で非常にまれなカルト・グループの女性リーダーとして今もその名は語り継がれている。
(文=三橋ココ)
参考:「Mirror」、「Daily Mail」、ほか
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