人間の肉体をたやすく両断する刀「人間無骨」― 誇るべき日本のロストテクノロジーと織田信長の家臣の逸話

■官位を賜った槍

 ところで「日本の槍」と言われた際、真っ先に名の挙がるのは「天下三名槍」と呼ばれる3本の槍でしょう。

 第二次世界大戦の戦火によって失われたため、何度も復元が試みられている「御手杵(おてぎね)」。姿の美しさ、完成度の高さから、腕に覚えのある刀匠が生涯に一度は写しに挑戦するという「日本号(にほんごう、ひのもとごう)」。戦国時代の武将本多忠勝(ほんだ・ただかつ)の愛槍で、穂先に当たったトンボが真っ二つに切れたという逸話の残る「蜻蛉切(とんぼきり)」。これら3本が天下三名槍の内訳です。

 ちなみに、これらの中でも特に日本号は、皇室所有物となるために「正三位」の官位を賜っています。これは上から3番目、江戸時代には徳川将軍家でも一部の者のみ、現在では政府の高官や多大な功労ある人物が死後に叙せられる、というもので、物品に与えられる官位としてはありえない破格のものです。

 実は人間以外が官位を授かるのは珍しいことではなく、かつての朝廷には官位のないものは人間、動物、物品を問わず入ることができない、という習わしでした。よって天皇が鑑賞する動物などに官位が与えられたりもしていたのですが、この場合は中級貴族層に与えられる「従五位」にとどまります。異例の正三位を与えられた日本号が、どれほどの逸品であるか示すエピソードといえるでしょう。


■日本のロストテクノロジーとして見た「人間無骨」

人間の肉体をたやすく両断する刀「人間無骨」― 誇るべき日本のロストテクノロジーと織田信長の家臣の逸話の画像4画像は、「千鳥十文字槍の穂先」Wikipediaより。撮影Rama


 さて、人間無骨に話を戻しましょう。結論から言ってしまうと、人間無骨のような十文字槍、鎌状の突起が槍穂に付いている「鎌槍」などは、現代において製法が失われたロストテクノロジーとなっています。

 製法が失われた理由は至極単純で、合戦の必需品であった槍は実用品であり、平和な世の中になれば需要がなくなるものです。徳川家康が江戸幕府を開き、太平の世が長く続いた江戸時代に入ると、次第に槍の需要は減少し、やがては必要最低限の技術のみが伝えられるようになりました。

 槍術は剣術のように武芸として伝えられていましたが、美術品としての価値もある日本刀とは違い、ただの槍はともかく、凝った形をした十文字槍など太平の世において需要はなく、作られることさえほとんどなかったのです。結果、十文字槍の制作技術は失われてしまいました。

 今ではひとくくりに考えられがちですが、刀の製法と槍の製法は似て非なるもので、槍は専門の鍛冶師によって作られていました。

 その一方で、刀匠が槍を作ることはほとんどありませんでした。名高い刀匠が手がけている先述した天下三名槍や、人間無骨のように刀匠である「和泉兼定」の銘がある槍は、数少ない異例の存在なのです。

 時代の流れによって失われてしまった「十文字槍」の制法ですが、近代に入ってからはその製法や、十文字槍を再現する試みは幾度も行われています。現在では主に岡山県の刀匠「赤松伸咲」を中心としたグループが、十文字槍の製法研究と製作を行っています。今後の技術の発展と、ロストテクノロジーの復活に期待しましょう。

(取材・文=たけしな竜美)

■たけしな竜美
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