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画像は、「YouTube」より

 フロッセンビュルク強制収容所は、バイエルン州オーバープファルツ地域に存在したナチス・ドイツの強制収容所である。もともとは同地域に産出される花崗岩を囚人たちに採掘させる強制収容所だった。

 1938年5月から、ダッハウ強制収容所などの他の強制収容所から囚人が送り込まれるようになった。1941年から42年にかけては、ナチス・ドイツに対するレジスタンス運動に参加したポーランド人約1500人が収容された。

 第二次世界大戦中はドイツ軍によって囚われたソ連軍捕虜を収容し、1941年までに1000人以上のソ連軍捕虜が処刑され、それ以降もソ連軍捕虜の処刑は続いたという。1944年5月1日には、捕虜たちの蜂起が起こり、多数が逃走を試みたが、ナチス親衛隊によって鎮圧された。このときのけがなどによって約200人の捕虜が死亡した。また、反乱を指導した約40人は親衛隊によって処刑された。

 1943年2月には、メインの収容所に4000人以上の囚人を抱えていた。囚人の過半数は政治犯だが、約800人はドイツ人犯罪者、100人以上が同性愛者、7人がエホバの証人だったとされる。囚人たちの強制労働は大戦中の軍需工場を支え、1945年までには収容所全体で約4万人もの囚人が働かされていた。しかし、労働環境は劣悪で、囚人たちの間では栄養失調や病気、過労などが蔓延。看守たちの過酷な虐待もあって、数千人が死亡したといわれる。

 1945年4月中旬以降、フロッセンビュルク強制収容所からの撤収が始まった。徒歩での移動を強制された囚人たちのうち、約7000人が移動途中で死亡した。目的地のダッハウに到着する前にアメリカ軍に保護された囚人たちも多い。同年4月、アメリカ軍がフロッセンビュルク強制収容所を解放したが、そのときの映像がYouTubeなどで公開されている。

 アメリカ兵が収容所の敷地内から遺体を掘り起こしていく。1体や2体ではなく、何体もの遺体が土の中から出てくる。まだ完全に朽ちていない遺体は、死亡してからあまり日にちが経っていないのだろう。

 ナチスが行った非人道的な虐殺を記録した貴重な映像である。このような映像を後世に残していくことは、戦争やホロコーストの悲惨さ、そして人間がどこまでも残酷になれるという事実を忘れないためには必要であろう。人類は同じ過ちを繰り返してはいけない。
(文=標葉実則)

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コメント

2:匿名2018年7月16日 14:02 | 返信

ガスの大量虐殺は無かったとも聞くけどどっちが本当なんだろうね。

1:匿名2018年7月15日 08:29 | 返信

収容所にしては周囲に建物が少ないがどこの収容所で死んだ捕虜だろう。あと明確に射殺されている人が見えるがガスによる殺害と矛盾しない?

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