スピルバーグ『未知との遭遇』は“UFO受け入れ訓練”として制作された! ガチ証拠発覚、スポンサーは大統領だった!
現在上映中の『ジュラシック・ワールド/炎の王国』で製作総指揮を務め、再び脚光を浴びている映画監督スティーヴン・スピルバーグ氏だが、いちはやくハリウッドで本格的なUFO映画を制作した監督としても有名だ。もちろん1977年のSF映画『未知との遭遇』のことを指すが、ここにきてこの作品に関連する興味深い話題がいくつか持ち上がっているようだ。
■「この映画はUFOを受け入れるために必要なトレーニングの一部」
ハリウッドで初めて本格的にUFOを題材としたSF超大作がこの『未知との遭遇』(Close Encounters of the Third Kind)といわれている。後の『E.T.』の爆発的ヒットの布石にもなった本作は、UFOファンの間でさまざまなウワサや臆測、そして“陰謀論”が語られている。
UFO研究家でジャーナリストのロビー・グラハム氏によれば、映画の公開当初からUFOコミュニティの間では『未知との遭遇』は政府による国民への順化プログラムのひとつであることが指摘されていたという。つまり将来、国民が本物のUFOとエイリアンを目の当たりにしてもショックを受けないように、こうしたSF映画を通じて徐々に国民をUFOとエイリアンに慣れさせているというのである。
これを裏付ける話として、撮影中の1976年7月23日、出演者のリチャード・ドレイファスとメリンダ・ディロン、ボブ・バラバンを含む撮影スタッフ40人が夜になって招集され、アラバマ州モービル某所で、本作のUFOアドバイザーであった天文学者のJ・アレン・ハイネック教授のレクチャーを聞かされていたということだ。
このレクチャーの内容がどんなものであったのかはわからないのだが、その後ボブ・バラバンは制作日記の中で、「この映画は人類が実際のUFOの飛来を受け入れるために必要なトレーニングの一部であり、秘密裏に政府のUFO担当部署がスポンサーになっている」と書き残しているのだ。
プロダクション・デザイナーのジョー・アルヴス氏も2014年のインタビューで制作中には「とても多くのウワサが飛び交っていた」と当時を振り返っている。
■隠蔽されたカーター大統領とスピルバーグ監督の接触
さらに興味深いのは、当時のジミー・カーター大統領とスピルバーグ監督の関係だ。
1977年1月に就任したカーター大統領だが、当時のインタビューでスピルバーグ監督(当時31歳)が話すところによれば、大統領の口から「今年の終盤にいくつかUFOについて、国民が混乱を来すような公表がある」という意味の発言があったという。
もちろんこの年に政府からそうした公表はなかったが、『未知との遭遇』のアメリカでの公開は同年11月16日である。カーター大統領はこの映画こそが事実の公表であることを暗に示したのかもしれない。
カーター大統領とスピルバーグ監督が面会したという公式の記録は残されていない。またカーター大統領が『未知との遭遇』を観賞したという記録も残されていないという。しかし当時のアリゾナ州地元紙「The Phoenix Gazette」によれば、カーター大統領は『未知との遭遇』を何度も観ていて、間違いなく大統領の最も好きな映画であるという。
そして公式な記録ではないものの、「ジミー・カーター・ライブラリー」には封書に入れられた1枚の写真のコピーが残されていて、そのコピーには大統領の筆跡で「スティーヴン・スピルバーグへ ジミー・カーターより」という一文が記されていたのだ。写真はカーター夫妻と面会している、おそらくはスピルバーグ監督の後頭部が写っているのである。とすればこの写真の現物は今もスピルバーグ監督が持っているのだろうか。
ではなぜ、カーター大統領とスピルバーグ監督の接触は公式な記録に残されずに隠蔽されているのか。そしてもし接触していたとすれば両氏はどんなことを話していたのだろうか。
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2024.10.02 20:00心霊スピルバーグ『未知との遭遇』は“UFO受け入れ訓練”として制作された! ガチ証拠発覚、スポンサーは大統領だった!のページです。スティーヴン・スピルバーグ、UFO、エイリアン、仲田しんじ、プロジェクト・セルポ、未知との遭遇、カーター大統領などの最新ニュースは好奇心を刺激するオカルトニュースメディア、TOCANAで