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 1998年10月、6年前に父親を亡くし、母親の愛人が家に上がり込んで来てからは、ひたすら男の暴力に耐えていた少年が亡くなった。生前、少年は顔を蹴り上げられ、踏みつけられ、牛乳瓶で頭を殴りつけられていた。近所に住む人たちは、少年が夜遅くまで犬の散歩をさせていたり、ひとりで電柱のそばで本を読んでいたりしているところを目撃している。同級生は、級友の異常には気づいていなかった。亡くなる半年くらい前、治療に行った病院で「おじさんから牛乳瓶で殴られた」と漏らしたのが最初で最後のSOSとなった。高校一年の秋、16歳の命が散った。

 2004年5月21日、福岡高裁は、一審の長崎地裁で死刑判決を受けた山口礼子と愛人の外尾計夫に対して、一審判決を破棄して山口に無期懲役を言い渡した。外尾には、情状酌量の余地はなしとして、一審判決を支持して死刑を言い渡している。山口は、二審の無期懲役を不服として上告。08年1月31日、最高裁は、山口に無期懲役を言い渡した。また、外尾については、上告を棄却して死刑が確定した。

 ある日、佐賀県鹿島市の静かな住宅地に取り残された山口の家を訪ねた。郵便ポストには、吉則さんに送られて来た進学情報誌と、山口に送られて来た消費者金融からのダイレクトメールがギッシリと詰め込まれていた。病院ヘルパー(看護助手)や保険営業職員をしていた山口が乗っていた軽自動車の車内に残されていた紙袋の中には、ルイ・ヴィトンの財布が放り込まれていた。家は、ひっそりと静まりかえっていた。

 まだ高校生だった吉則さんは、母である山口に残忍な方法で殺されている。98年10月26日午後10時半頃、長崎県小長井町井崎名の小長井港岸壁にイカ取りに誘われると、睡眠導入剤と精神剤の粉末を入れたカプセルを飲ませられた。愛人と共謀していた山口は、27日午前0時半頃、岸壁の石段で眠っていた吉則さんの上半身と両足を粘着テープで巻いて、海に放り投げて水死させた。海に突き落とされ、もがきながら岸に上がろうとした吉則さんは、「この野郎!!」と叫んでいたという。吉則さんには、3500万円の保険金がかけられていたが、催眠成分のある風邪薬が体内から検出されたことで、山口は、保険金を受け取ることができなかった。

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