「M資金」という都市伝説が人々を70年以上も騙し続ける理由とは? 豆腐屋、占領軍、元ローソン会長も… サンデー毎日編集長が解説!
〈記事を書かなければ、広告を出そうか〉
もちろん、露骨には言わない。あうんの呼吸というやつだ。記事を書くのをやめれば広告を出してやるとにおわせているわけだ。
一方、、南ら「事業再生資金」グループの男たちからは再三、暴力的言辞を浴びせられた。
「お前の行動は、公安によって24時間監視されている」
「お前は殺される運命なんだ」
誰が殺すのか、言わないところがミソだ。公安が時にCIAになったりした。およそ漫画にも出て来ないような言葉がもっともらしく、繰り出された。とはいえ、「殺される」と言われてあまり気持ちのいいものではない。しばらくは駅ホームの隅には立たなかった。
自信を持って報じたはずだった。しかし、記事で取り上げたM資金詐欺の被害事案は、知能犯(詐欺)事件としては立件されることはなく、取材記者としては敗北感を味わった。
理由ははっきりしていた。カネを騙し取られたというのに、経営者たちは正式な「被害届」を出さなかったからだ。私に、「被害届を出す」と確約した経営者は「こんな話に乗ってしまったことが表沙汰になれば、経営者失格の烙印を押されてしまう。自分の名前が出たらビジネス界には戻れない」と、すまなそうな表情を浮かべた。一方で、事件化には至らなかったとはいえ、事業再生資金を扱っていた連中から脅されることはあっても、訴えられなかったことは取材が間違いないものであったことを確信した。
そんな一昔前のキャンペーン記事に、番組制作会社がいくばくかの価値を認めて、冒頭のテレビ番組の中で取り上げたのだった。ただ、資料の扱いは慎重を期した。現在も存続している企業も多かった。
とりわけ、データベースに載っていた企業のいくつかはいまもテレビでCMが放映されるなど広く知られている。番組内での資料の公開は最小限度にとどめた。「事業再生資金」という名称すらも伏せた。
ところが、冒頭の電話の男は、「事業再生資金」と明言した。それだけでない。「南公信」のグループがつくったデータベースのことを正しく「評価リスト」と呼んだ。事業再生資金を申し込んだ企業経営者の個人情報のことだった。そのリストには南公信らによる、経営者の「評価」が書かれていたことから、組織内ではそう呼ばれていた。
「決済人」も同じだ。皇室財産である「事業再生資金」の支払い決済の権限者をそう呼び、南らは「南朝の血統を引き、天皇陛下もあいさつに出向かわれるほど尊い方だ」と話していた。電話の主は、関係者でなければ知り得ない言葉を並べ立てた。また、私がどんな記事を書いてきたのかについても、調べ上げていた。
「私も数百万円の協力金を払った」と話していたことから、最初のうちは被害者の一人かと思ったがそうではなかった。
「事業再生資金が近々支払われる。昔、申し込んだ人たちにもそのことを伝えたい。あなたはそのリストを持っているんでしょう?」
男の目的が何であるかを悟った。結局、申込者のリストを手に入れて、新たに「協力金」名目にカネをせしめようという算段なのだろう。世の中には、「振り込み詐欺」や「悪徳商法」といった特殊詐欺に騙されやすいタイプの人というのはいるようで、被害者のリストが詐欺グループに出回り、新たな被害を生んでいる実態がある。
一度騙された者は、二度三度騙される。電話をかけてきた男には、私が持っている資料が「カモリスト」に思えたのだろう。だが、男が自身も数百万円の「協力金」を支払っているという話は本当だろう。被害者が、今度は「騙す側」になってしまうことは、M資金事件ではしばしば起こりうる話だ。男は「恥ずかしい話だが、自分の会社を潰した」とも話した。「事業再生資金」に入れ込んだせいだろう。
経営者としては〝騙された〟とは信じたくはない。経営者としての恥辱であり、自身を否定することになるからだ。
それから、電話の男がたどった道のりはおよそ想像がつく。南公信のような、中心にいる人物――得てして「先生」とか「尊い方」と呼ばれる――から「お前が私に協力してくれたら、『事業再生資金』はほどなく出る。資金が交付されたら、いの一番にお前のところに提供しよう」と持ちかけられる。少なくとも「協力金」は取り戻したいという心理がますます“深み”に追い込んでいく。
多額の金を騙し取られたというのに、その存在を信じ続けてしまう。そんな“魔力”がM資金には潜んでいる。
もちろん、男からの申し出は断った。すると、こんな捨て台詞で電話を切られた。
「本当のところ、あなただってM資金があるとか考えているんじゃないの?」
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