◾︎一般的な野宿者観が崩れていった
ーー「社会から落ちこぼれた人」「現代の仙人」というように、メディアで紹介される現代の野宿者は、極端なステレオタイプで捉えられがちだと思うんです。一方で、野口さんの写真の庵の人々は、それぞれが個々の生活者としてフラットに写っています。写真展のトークのさいに、野口さんは「近すぎず遠からずの距離感に配慮して撮影していたと」言っていました。写真家の作風は被写体との距離感に表れると思うのですが、どのような意識で撮影したのですか?
野口 あくまで「個」と「他者」としての距離感で撮るので、仲良くなろうとして近づくわけではありません。その人に興味はあってもひんぱんに訪れることはしないし、彼らもそれを求めてはいない。「また来てよ」って言われることもあったけれど、しょっちゅう行ったら迷惑ですよ。お互いの名前さえ知らない人もいます。ただ、撮らせてもらった人にプリントした写真を渡したり、ワンカップを差し入れたりすることはありました。
ーーこれまで撮影してきたなかで影響を受けた人、強く印象に残っている人はいますか?
野口 パノラマ写真で発表した淀川のおっちゃんと、東京都内で白いドームに住んでいるおじさんですね。2人とも工夫しながら自分自身で生活を作り上げている。シンプルだけど知恵に富んだ彼らの生活を見て、僕自身が野宿者に対して持っていた先入観が解体されました。「貧困」とか「自由」とか「公共性」とか「孤独」といった世間一般の野宿者観、常識のバイアスがかかった野宿者の概念が覆されたというか。
ーー淀川のおっちゃんはどういう人なんででしょう?
野口 サトウさんという人で、彼は「河川敷停留所」っていう休憩所を作っているんです。そこでは川べりで犬の散歩をしている人が休憩していく。花火大会の時は庵のまわりにVIP席を作ったり手作りの吸い殻入れを設けたり。そんなこともあって、彼の元には人が集まってくるんです。閉じ籠らずに世間とコミュニケーションを取っている。畑でゴーヤを作ったりミミズを集めて腐葉土を作ったりもする。そういう人だから、小屋にソーラーパネルを付けてあげたりとか、周囲の人々が彼の生活を手伝うこともありました。彼は手記も書いていて、それは、写真展でも展示しました。
ーー先に「『時間』や『記録』は重要なファクター』だと言っていましたが、撮影してきた10年間に起きた、彼らの環境の変化について、何か気づいたことはありますか?
野口 東京オリンピックの開幕に向けて野宿生活がどんどん厳しくなってきていることは感じます。きっと、いずれ消えゆく風景なんでしょうね。天候や気候といった自然環境的にも厳しくなってきているというのもありますね。温暖化じゃないけれど、特にここ数年の夏の暑さは異常ですよ。昔はそこまで酷くなかった気がする。台風や記録的豪雨、水害の頻発によって、野宿そのものが難しくなってきている気がします。