化学物質も祓うエクソシスト! 聖なる力で精神病を治療、児童虐待の闇も=亜留間次郎

【薬理凶室の怪人で医師免許持ちの超天才・亜留間次郎の世界征服のための科学】

 エクソシストは日本語で「悪魔祓い師」などと訳される悪魔払いを行う聖職者です。

 悪魔付きと呼ばれる物が統合失調症などの精神疾患であることは医学世界では常識ですが、近年になって変わった治療法が再評価され復活しています。

 それはエクソシストを呼んで悪魔を祓ってもらうエクソシズムです。

 エクソシストは一度廃止されていたのですが、1999年になって公式に復活しています。

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画像は「Getty Images」より

 バチカン・エクソシストという本を書いた米紙「Los Angeles Times」のローマ支局長トレイシー ウイルキンソンは、映画に登場するエクソシストの影響だと言っています。映画のせいでカトリック信者の間でも一部しか知らなかったエクソシストの存在が知られるようになったためだというわけです。

 現代のエクソシズムは怪しい宗教団やカルト組織がやっているのではなく、カトリックの総本山であるバチカンが行っています。

 その証拠にエクソシズムにはバチカン公式のマニュアルがあります。

 ラテン語で『De Exorcismis et Supplicationibus Quibusdam』という文書で日本語に訳せば「悪魔祓いと具体的な祈祷について」です。

 この文書は1614年からずっと改訂されていなかったのですが、1999年1月26日に現代用に大幅に改訂され、2004年に微修正された最新版が作られています。

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『De Exorcismis et Supplicationibus quibusdam』(画像は「Amazon」より)

 一般に販売されている物でアマゾンのネット通販にも出ています。

 中身はラテン語で書かれ、カトリックの宗教的な言い回しが多い難解な本です。神父向けの本ですので、最低でもラテン語とカトリックの経典の知識がないと理解できませんが、385年ぶりの改訂で重要なのは「宗教的実践に医学・心理学の専門知識を統合することでエクソシズムが正当化される」とバチカンが打ち出したことです。

 現代になってエクソシストが復活したのは、何かの封印が解けて悪霊が出たからではなく、精神医学の世界で宗教的治癒(religious healing)が臨床現場で使われるようになり、エクソシズムの医学化(The Medicalization of Exorcism)が起こったからです。

 現代でエクソシストになるためには教皇庁立大学の「悪魔祓い・解放の祈りコース」(Exorcism and Prayer of Liberation Course)を受講しなければなりません。毎年、世界中から数百人の聖職者が集まって受講しているそうです。世界中にバチカン公式のエクソシストが数千人規模で存在します。

 そのカリキュラムは公表されていて、内容を見てみると、最初は宗教の話が続きますが、後半は医学や犯罪学が出てきます。

神学、聖書と牧師の解釈
正典・典礼・牧師の解釈
人類学的、文化的、現象学的、牧師の解釈
心理学・医学・薬学的解釈
犯罪学的解釈

 さらに、エクソシストになった人たちは国際エクソシスト協会(International Association of Exorcists)に入るそうです。現代のエクソシストが行っている悪魔祓いは精神科医と協力して行われる臨床医学の一部で、昔のような宗教儀式とは一線を画する物になったのです。

宗教的治癒

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画像は「Getty Images」より

 こうしたエクソシズム治療は主にイタリアで大きな成果を上げ、精神科医ではどうにもならなかった身体表現性障害の治療に大きく貢献しています。

 中には化学物質を祓ったエクソシストもいて、本当に悪魔を祓ったら化学物質過敏症が治った症例があります。悪い化学物質は、聖なる力で祓える物だったようです。

 欧州では医療介入を必要とする深刻な精神病の治療としてエクソシズムが活用されるようになりましたが、日本では全く登場しません。

 日本のキリスト教人口は1%程度といわれ、少数派です。日本でエクソシストが活動できない最大の理由は、日本人がキリスト教、狭義にはカトリックを信仰していないからです。
エクソシズム精神治療が有効に働くためには患者が強い信仰心を持っていなければダメだからです。

 日本でも西洋の悪魔憑きに近い「狐憑き」という物がありますが、神社の神主がお祓いして治る見込みはありません。日本では信仰心の弱さから宗教的治癒は機能していないのです。

 キリスト教の信仰心が薄いアメリカ人の間ではゼンが流行っているようです。日本とかインドとか中国のオリエンタリズムが混ざった「禅」で、仏教の禅宗とは関係が薄そうな何かです。このゼンの力でガンを治そうとしたスティーブ・ジョブズは死んでしまいました。

 精神医学の世界でもゼンを取り入れる医学者はいるのですが、逆に現代医学で主流になっている肉体を精神に合わせて改造する派閥の人から否定的に見られています。

 トランスジェンダーの人にありのままの肉体を受け入れなさいと説く精神科医を「ゼン」と呼んで非科学的なオカルトだと非難する言い回しになっていることが多いです。

 今のところ、宗教的治癒に成功しているのはカトリック教会のエクソシストだけみたいで神道も仏教もうまくいっていないようです。

エクソシズムと児童虐待問題

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画像は「Getty Images」より

 エクソシズムは、児童虐待問題と切り離せません。

 日本で最近話題のキリスト教系の教会で、子供達の虐待問題が深刻化していますが、日本でこうした問題への介入が弱い背景には民法第822条に定められていた「親の子どもに対する懲戒権」があります。これが非常に強い親権として認められ、刑事不介入の風潮が強かったことがあげられます。

 親の懲戒権は児童虐待の温床になっていたことから2022年12月16日に法律から削除されました。廃止されたのはつい最近の話です。

 カトリック系の宗教で悪魔祓いは一般的な概念なので、どこの教会の信者でも大なり小なり出てくる問題です。

 欧米では日本ほど親の懲戒権が強くない反面、信仰の自由とキリスト教の教義に従った行為は正当であると認められやすいことが問題を地下に沈めてきました。

 こうした事件への対応のためにイギリスでは信仰や信念に関連する児童虐待のガイドラインが作られ一線を越えた宗教行為は虐待として刑事事件になっています。

 バチカン公認エクソシストの存在は児童虐待の温床になっている親が子供から悪魔を追い出そうとする家庭内エクソシズムを中央集権化された教会組織であるバチカンに独占させて、親から奪うことで児童虐待をなくす一面もあるのかもしれません。

 イエス・キリストが生まれ、西暦が始まってから2000年以上経て、エクソシズムはやっと児童虐待問題を是正し、バランスが取れたシステムになったと言えるのではないでしょうか?

 早く他のキリスト教系の団体もバチカンを見習うべきです。

参考資料

・『バチカン・エクソシスト』 (文春文庫) 

Medical Care and Religious Healing in the Clinical Reality(臨床現場における医療と宗教的な癒しの関係)

Diagnosing the Devil. A Case Study on a Protocol Between an Exorcist and a Psychiatrist in Italy(悪魔を診断する。イタリアにおけるエクソシストと精神科医との間のプロトコルに関するケーススタディ)

The Devil and the Doctor: The (De)Medicalization of Exorcism in the Roman Catholic Church(悪魔と医者:ローマ・カトリック教会におけるエクソシズムの医学化)

Course on Satanism and Exorcism Opens at Pontifical University in Rome(悪魔崇拝と悪魔祓いのコースがローマ教皇大学に開校)

・信仰や信念に関連する児童虐待、イギリスの国定ガイダンス(https://www.gov.uk/government/publications/national-action-plan-to-tackle-child-abuse-linked-to-faith-or-belief

文=亜留間次郎

薬理凶室の怪人アルマジロ男。人間の皮を被った血統書付きアルマジロ。守備範囲は医学から工学、ノーマルからアブノーマルまで幅広く、アリエナイ理科ノ大事典など、くられ氏と共に薬理凶室関連の共著多数。単著に『アリエナイ理科式世界征服マニュアル』(三才ブックス)がある。よくわからないケダモノなのでよくわからないネタで攻めていきます。

公式サイト http://asai-laboratory.sakura.ne.jp/
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