“もう一つの現実”へ旅立つ若者たち ― 危険な現実逃避「リアリティ・シフティング」とは

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 まるで夢物語のようだが、SNS上では本気で語られている。「レイブンメソッド」と呼ばれる手法では、ヒトデのように手足を広げて横になり、100から逆向きに数を数えながら「私はシフトする」と繰り返す。うまくいけば、ホグワーツ魔法魔術学校や『スター・ウォーズ』の世界など、自分が望む現実で目覚めることができるという。

 これは、TikTokやRedditといったSNSで、Z世代を中心に広まっている「リアリティ・シフティング」と呼ばれる行為の一例だ。その本質は、瞑想や自己暗示を通じて、自分の意識を精神的に別の現実へと送り込むことにある。彼らは今の現実から逃れるため、自ら作り上げた理想の世界へと移住しようと試みているのだ。

 この現象は、個人の想像力だけでなく、AIやディープフェイク、仮想現実といった最新技術によって加速している。しかし科学者たちは、現実逃避のためにこの行為に深くのめり込むと、現実と非現実の区別がつかなくなる「長期的な混乱」に陥る危険性があると警鐘を鳴らしている。

それはただの空想か?科学が解き明かす「偽りの記憶」

「意識を異世界に飛ばす」と聞けば、若者の突飛な空想だと片付けたくなるかもしれない。しかし、心に架空の世界を信じ込ませる現象は、今に始まったことではなく、何十年も前から研究されてきた人間の「記憶のバグ」に関係している。

 1995年、心理学者のエリザベス・ロフタスは、記憶がいかに簡単に書き換えられるかを証明した。有名な「ショッピングモールでの迷子」実験では、被験者に対し、「子供の頃にショッピングモールで迷子になった」という完全に偽りの記憶を植え付けた。その結果、約25%の被験者が、感情的な反応や感覚的なディテールまで伴った鮮明な偽りの記憶を持つに至ったのである。

 神経科学者のエイミー・ライヘルト博士は、「この研究は、記憶がいかに暗示の影響を受けやすいかを示している」と語る。特に、暗示された出来事がもっともらしく、実際の記憶の間に埋め込まれると、脳はそれを事実として受け入れやすくなるのだ。

AIとSNSが現実を侵食する時代 ― Z世代が「シフト」する理由

 現代において、現実と想像の境界線はかつてないほど曖昧になっている。SNSとAI、そしてアルゴリズムが提供するコンテンツの中で育ったZ世代にとって、仮想空間での存在は単なるアイデアではなく、確立された一つの生き方だ。

 AIが生成した文章と人間が書いた文章を、Z世代は見分けるのに苦労したという研究結果もある。AIはもはや視覚を騙すだけでなく、我々の認知プロセスにまで忍び込み、現実の処理方法を静かに書き換えているのかもしれない。AIインフルエンサーの「リル・ミケーラ」が現実の人間と同じように影響力を持つ現代では、何が幻で、何が本物かを見極めること自体が困難になっている。






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 不安定で厳しいと感じる現実世界から逃げ出したいという感情が、彼らをリアリティ・シフティングへと駆り立てる。学業のプレッシャーや気候変動への不安、そして皮肉にも、この逃避行を可能にしているSNS上の過剰なつながりから来る息苦しさも、その一因だろう。

望む現実にたどり着いた先に待つもの

 記憶とは、完璧な記録映像ではない。何かを思い出すたびに、脳は過去の出来事を断片から再構築しており、その過程で元の体験が歪められる余地が生まれる。

 脳の記憶中枢である「海馬」は、わずかな手がかりから体験全体を復元しようとするが、時にその隙間を誤った情報で埋めてしまう。また、脳の「ファクトチェッカー」である前頭前皮質などは、誤解を招く情報に晒されると機能が弱まる。つまり、自己暗示やデジタルへの没入体験が十分に強ければ、脳は偽りの記憶を「想像」するだけでなく、実際に「体験した」と信じ込んでしまうのだ。

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 ハーバード大学医学部の精神科医オマール・スルタン・ハーク博士は、この現象を「主観的な自己創造という現代思想の現れだ」と分析する。現実は自己創造に限界を課すが、「現実そのものを騙すことができれば、自己創造に限界はなくなる」と同氏は言う。

 しかし、その代償は大きいかもしれない。一部のシフター(実践者)は、現実世界だけでなく、自分が望んだはずの異世界からも疎外感を覚え、人間関係や自分自身の正気さえも疑い始めていると報告している。現実逃避の本当の動機は、現実から逃げることではなく、自分自身から逃げることなのかもしれない。

 いつかZ世代がこの流行を笑って振り返る日が来るかもしれない。しかし、AIやディープフェイクによって、フィクションの世界がかつてないほどリアルに感じられるようになった今、彼らが本当に目を覚ましたいと願うかどうかは、誰にも分からないのである。

参考:Popular Mechanics、ほか

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文=深森慎太郎

人体の神秘や宇宙の謎が好きなライター。未知の領域に踏み込むことで、日常の枠を超えた視点を提供することを目指す。

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