日本に鎖国はなかった!? 浮世絵で読み解く江戸時代 ~66年ぶりに公開、歌麿「深川の雪」~
――エカキで作家・マンガ家、旅人でもある小暮満寿雄が世界のアートのコネタ・裏話をお届けする!
先日、戦後から行方不明となっていたとされる喜多川歌麿の筆による幻の浮世絵「深川の雪」が再発見され、66年ぶりに一般公開されることになって、今話題となっている。
「深川の雪」はおよそ横3.5m×縦2mという大作で、これは「品川の花」「吉原の月」(絵はコチラ)とともに、歌麿「雪月花三部作」と呼ばれる大作だ。うち「花」と「月」は米国の美術館所蔵が所蔵しており、「深川の雪」のみがパリにあったものを買い戻して里帰りしたのはいいが、66年前公開されてから行方知れずになっていた。
それにしても横3.5m×縦2mというサイズは、何とも規格外だ。そんなものを浮世絵と呼ぶのかと思ってしまうが、浮世絵のフィールドやジャンルは意外に広い。
一般的に浮世絵といえばA4サイズほどの木版画…いわゆる錦絵を想像しがちだが、江戸時代の風俗を描いたものはすべて浮世絵と呼ばれている。
西洋絵画の場合は、使われるマテリアルで「油彩」「素描(デッサン)」「版画」「パステル画」などと分けられるが、浮世絵という言葉にはそうした素材によるジャンル分けが一切ない。
肉筆によって描かれた「屏風絵、掛け軸、絵巻物、扇絵」などと、その形式もさまざまだ。狩野派のように、パトロンを将軍家やお武家とするのではなく、当時の町人文化を描いたものは文字通りすべて浮世絵と呼んで構わないかもしれない。ほぼ同時代に活躍した、かの葛飾北斎などは、油彩画によって描かれた浮世絵も残しているというのだから驚きである。
…え?
江戸時代は鎖国があったのに、なんで西洋の油彩画が入ってきたって?
いやいや。
閑話休題になるが、極端な言い方をすれば江戸時代に鎖国なんてものはなかったのである。
■絵画を見れば一目瞭然! 江戸時代に鎖国はなかった!?
とかく江戸時代といえば海外に完全に戸を閉ざしていたイメージがあるし、中学校の社会科ではそのように教えている。しかしながら、そもそも「鎖国」というのは江戸時代には存在しなかった言葉なのだ。確かに、幕府の許可なく海外と貿易や取り引きをすることは禁じられていた。しかし、それは「寛永十年の例」や「寛永十六年の令」といった、渡航禁止令のおふれが単発的に出されていただけで、特に国を閉ざす政策はしてなかったのだ。
明治以降になって「鎖国」という言葉がはじめて使われるようになったわけだが、江戸時代に幕府が「鎖国制度」を特に布いていたわけではない。特に鎖国ということが呼ばれるようになったのは、昭和の敗戦後になったからとのこと。敗戦の理由を江戸時代の鎖国のせいにする動きの一環だったのだ。
伊万里焼などの日本の陶芸が数多く輸出され、海外で人気を博していたことを見ても、当時海外に完全に門戸を閉ざしていたわけでない。
もっとも西洋の文化が入ってくること、つまり輸入に関しては御法度も多かった。アジア地域で西洋の宣教師がキリスト教を布教した国は、ほとんどが植民地化されているのを、よく知っていた当時の幕府は、キリシタンには特に神経質だったのである。
絵画に関しても十字架やキリストが描かれたものは論外だったが、花などの静物画や風景画など、キリスト教的バックグラウンドのないものであれば問題はなかった。
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